いつの間にやら東西南北

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八甲田山、酸ヶ湯温泉から(2019年ゴールデンウイーク)

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1982年…

あれから40回目の夏が来る

 

北海道えりもでの昆布獲りのバイト。
7月12日、このタイミングで記憶が消える前にログしたいと思ってました。
手元に当時の資料が全く残ってません、またネット上にもそんなに情報が無いようです。
まあまあ古い出来事なので思い違いもあるかと思いますが、どうぞご容赦ください。
 
北海道えりもアルバイト生活一ヵ月

時を戻します。
1982(昭和57)年7月12日(月)
午後8時。
場所は大阪駅。

国鉄「急行きたぐに号」で青森まで行き青函連絡船経由で目指すは北海道様似(さまに)。
一ヶ月間バイトで行きます。
22:10の発です。

寝台車と座席車が連結された列車の自由席で行きます。
ちょっと来るのが早すぎたかな、一番です。
もう心はワックワク。
出発まで友達が変わるばんこに壮行に来てくれました。(ありがと^^)

出で立ちは友達から借りた大きめのリュックサックとジーパンにTシャツ。
駅員さんに大阪駅の一番端っこのホームへ案内され、やがて長く連なる列車がホームに入線、一番ケツの車両に乗車します。
4人向かい合わせになるボックスシートに一人で座ります。
終点青森駅には翌17:10の着、旅情が掻き立てられます。
 
ガタンゴトンと揺られ乗車率は3~4割程度だったかな?
そんな日付が変わる頃、乗る前に買っておいたワンカップを取り出し、カップ酒を飲む!
これが夢だったんです。
でもこれが「飲めねーー」、日本酒の味もわからんヤツが「あかん飲まれへんわ」(笑)
結局半分くらいでやめときました。
(今なら浴びるほど呑むんですがね^^;)
 
1982(昭和57)年7月13日(火)
車窓からはポツンポツンと灯りが流れている、深夜の雰囲気満載です。
シートに足を延ばしても寝れない。
することも無いので行く前に買っておいた真っサラな小さめの(B6判)時刻表を見る。

7時半頃、お腹も減ったのでちょい停車する長岡駅でそばを食べます。
列車の最後尾からホームの中ほどにそば屋があったので急がないと間に合わない、走る。
その頃は車両も乗客でいっぱい。

通勤通学するサラリーマンや学生を横目にやがて新潟駅に到着。
新潟駅で列車は進行方向が逆になるので座席シートをガシャンとターンさせる。

「急行きたぐに」は走る。
お昼も過ぎ天気も良く車窓から日本海が見える。車両は空いてます。
(消えゆく記憶を辿って書いてますが今思い出したことがありました)
その列車の中で1歳上の大阪の某大学の兄さんと会う。
何でも友達に貸したバイクを秋田まで取りに行くと。
自分:「その友達はどうしたんですか?」
兄さん:「バイク置いて大阪へ帰ってきよってなあ、だから取りに行くんよ」
長髪が似合う雰囲気のある兄さんでした。
また兄さんから「学生やったらマージャン覚えときや」の忠告をいただき秋田で降りて行きはりました。

青森駅に17:10着。大阪から19時間乗車です。
ここから青函連絡船に乗って函館・北海道へ渡るんですが、確か19時頃に乗ったと思います。
(ネットで調べると連絡船27便、青森発19:25→函館23:15着とあります)
 
ここでも特にすることも無いのでデッキへ行きます。
そこには地平線を眺める一人の若者がいました。
自分:「どこから来たん?」
一人の若者:「大阪」
自分:「一緒やな、どこまで行くん?」
一人の若者:「えりも」
自分:「一緒や」
そこから8月まで一緒に過ごすことになります。
一人の若者も変なのでI君とします。
 
学生相談所で見つけたバイトなので恐らく全国の学相で案内されてるはずです。
各地から集まってくると見込み、I君と二手に分かれ、っぽい人を見つけては声をかけ、同じ目的の者が4人揃いました。
 
この4人は妙に気が合いワーワー言いながら4時間ほどの船旅を終え函館に到着します。
函館から23:40発の夜行「急行すずらん号」で札幌へ向かいます。
列車は乗客でいっぱい。
しゃべり足らない4人は日付けが変わってもボックスシートに座ってワーワーゲラゲラ言ってる。
その内どこからか「うるせえべ!寝ろ!」
周りを見ると皆寝静まってます。
(どうもご迷惑をおかけしました)
 
1982(昭和57)年7月14日(水)
朝6時過ぎほとんど寝れず札幌駅へ到着。
そして目的の駅である様似まで札幌07:35発の「急行えりも2号」に乗ります。
日高本線、太平洋沿いを約4時間乗車し、11時半頃に列車は様似に到着!
 
様似駅。

 
自宅を出て約40時間、結構な時間です。
ここから漁業協同組合から来ているマイクロバスに乗ります。
(記憶は定かではありませんが、えりも漁業協同組合だったかな?違ってたらごめんなさい)
協同組合に到着すると別ルートで着ていたバイト達もいて総勢20~30人は集まっていたかな、もう記憶が薄れて…そこが混雑していたのだけは覚えてます(笑)

そこで係りの人から順に名前を読み上げられます。
なんだか周りに漁師の人達もいるようです。
呼ばれた人はこれから一ヶ月間お世話になる人とご対面します。
そうです。ここでバイト達が漁師の人達の各家庭に分配されます(笑)
予め誰がどこへというのは決まってたようですね。
簡単なご対面を済ますと、それぞれがお出迎えの車で連れて行かれました(笑)
私ら4人組はここで一旦お別れです。
「また会おな」

ここまでが当時の7月12日から14日までのことです。
15日からバイトが始まるので14日に集合が決まりでした。
翌日から30日間、えりもで昆布獲りが始まります…。
 
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もう数年前から記録しておきたいと思っていたんですが、なかなか進まず…

この40回目を逃すともうチャンスは無いなと思ってました(笑)。

 
気の利いた写真もないのですが、色褪せた写真を一枚掲載します。
スマホもない時代でしたから、一日に数枚撮るのが限界でした。
干されている日高昆布
 
感覚的には十数年前の出来事であって、とても40年が経ってるとは思えないです。
ですが、当時の記憶がほとんど無くなってきているのはやっぱりそうなんですよね(笑)
 
この後どんな一ヶ月を過ごしたか、またそのことも書きたいと思いますが…
いづれまた…