先日、父の誕生日でした。
昨年の誕生日に出前の2段で1人前の折詰お寿司をペロリと平らげ、年に見合わぬ食欲で母とわたしを驚かせ呆れさせました。
1人前を食べるのは当然と思っている父にはふつうのことだったのです。(ちなみに、母とわたしは1人前を分け合って1段ずつ食べました。)
その1ヶ月後、母の誕生日に同じお寿司を頼みました。
この時、父は折詰1段を食べて
「もう、いいわ。」と言っていました。
まぁ、折詰1段がふつうの1人前だからと、母もわたしも気に留めていませんでした。
GW中のある日、
嘔吐してデイサービスを早退したことがありました。
「吐いただけなのに、コロナかもと言われ隔離された」と、父は戸惑っていましたが、当時とすれば正しい対処と思います。
家に帰った父は、嘔吐したことでスッキリしたようでした。
5月の末、
「吐いたものの中に血が混じってた」と。
かかりつけの先生に内視鏡クリ二ックを紹介してもらいましたが、すぐに大きな病院で診てもらうことになり、いろいろな検査の結果6月末に胃を2/3を切除する手術をしました。
父が退院し落ちついた8月。
弟が帰って来たときに
父のお気に入りのお寿司屋さんの上寿司を弟に奢ってもらったときのこと。
母が食卓についたときには
既に、お寿司が残り3貫になっていて
術後間もなく、退院時に栄養士さんから「お寿司は手術から半年過ぎてから」と言われていたので
母が慌てて「こんなに食べて大丈夫?」と、
残りの3貫を取りあげてしまいました。
その後。徐々に食がすすまなくなって、お粥とたらこと大根おろしばかり食べている父に、お寿司を買って帰ることが多くなりました。
父も「お寿司買ってくるね」と言うと、
「おお。いいなぁ。」と喜んでくれました。
10月初めに、「超有名店のお寿司だよ〜」と行列に並んで買ったお寿司を食べ始めると間もなく
父は「もう食べれない。寝る。」と3貫食べただけで
寝室に行ってしまいました。それが父が食べた最後のお寿司になりました。
食卓に残された母とわたしは父が残したお寿司を黙々と食べたのを覚えています。
食いしん坊な父が大好きなお寿司を3貫しか食べられなくなったのがショックで、とても暗い雰囲気で有名店のお寿司の味も覚えていません。
でも、母やわたしよりもショックだったのは父自身だったと思います。
10月末のある朝、母との散歩(と、言っても家の前の電柱までの往復50m)も「無理だ。」と起きてきたものの、すぐベッドに戻ってしまいました。
予約日でも担当医の外来でもなかったけれど手術した病院から紹介された近所の病院を受診しました。そして、そのまま入院となりました。
入院した日には自分でトイレに行っていたそうです。入院の数日後に容体が変わったと聞いたのはそれから更に数日後でした。
コロナの感染予防のため病院は面会は禁止でしたが、危篤ということで週1回15分程度の面会を許してもらいました。
やっと面会できたとき、
父は話せなくなっていました。
それでも頷きやゼスチャーで答えてくれましたが、
話し好きな父が話せないのはつらかったです。
そして、入院から3週間後。
父は亡くなりました。
奇しくも、今年の父の誕生日に納骨を済ませることができました。
納骨の帰り、母と弟と叔父夫婦で去年の誕生日にお寿司を出前してもらったお店で昼食を食べました。
あの寿司折完食の誕生日から長い長い1年だったような、あっと言う間だったような。
今。
母は父の好物を作ったときは真っ先に仏壇に供え、
温泉に泊まりに行くと生前は控えさせていたビールを「お父さんにビール頼んであげて」とか言って、と生きてるときよりも父に優しくしてあげています。
わたしは、
父の1年を見ていて、好きなものは我慢し過ぎないで、美味しく食べよう。と、思うようになりました。
振り返ると、父が手術できるかどうか決まるまでの間が血糖値がとても高くなってました。
お父さん。
優しい娘じゃなくて
ごめんなさい。
書類関係が終わったら、ラガービールを持ってお墓参りに行くよ🍺🌿
ちびちび書いていたら長くなってしまいました。
読んでいただきありがとうございます💓