さて翌日。
何やらとっても場末感の漂うビジネスホテルで目を覚ます玲。どれぐらい場末かって、朝食に降りた先が喫茶店としても営業できる形態になっていたのだけれども、そこのテーブルが昔懐かしインベーダーゲーム組み込み仕様だったぐらい。
しかも球面ブラウン管のこちら側と向こう側が、それぞれ二段ずつ半透明に色分けされている仕様と来てはもう懐かしすぎて。
思わずミックスジュースが欲しくなったぐらい。三つ子の魂百までも、とはよく言ったものだ。
で、窓の外に目をやると・・・昨日と変わらぬ曇り空。すなわちいつ降り出してもおかしくない状態。
「やっぱりか。」
少し気落ちしながらも、しかしそれはもとより覚悟の上。数日前の段階でグランドスタンド指定席も購入しておいた。少なくともレースの間中ずぶ濡れということは無い。
さあ、しっかり腹ごしらえをしたら今日もまたサーキットだ! 我らが歌姫の晴れ舞台、しっかりこの目に焼き付けなければ!
サーキット行きのバスの中で土砂降りになりましたが何かorz
「た、滝・・・??」
バスの中から外がよく見えません。というか、タイヤが蹴立てる水しぶきがほとんど船のそれです。
ひとまずショップに駆け込み、ポンチョを買い込む。これで荷物が濡れる心配はなくなった。
蒸れるけどな。
で、宿が別だった関係で別行動となっていたツレと連絡を取り合う。どうやら向こうは1コーナー外側のスタンドにいる模様。
ではというのでこちらも移動を開始したものの。
ピット出口当たりでマシンの魅力にとっつかまって移動不能に陥る(大笑)。
「いっそ劇感に回れば良かったかなぁ」
と呟きつつスマホで動画をこちょこちょと撮ってみる玲。広角の度が過ぎてあんまり面白い絵にならないかな?
それでも水煙とともに1コーナー向けて突っ込んでゆくマシンの迫力は、これはまたこれで味がある。見にくいのが難点だけどw
を、昨日の予選で派手にクラッシュしたレイブリッグ号が復活してる。何でも朝4時までかかって修理したんだそうで。
しかし用意してた部品だけでは足りずにホンダ陣営としてストックしてたパーツまで使ったそうで
「左右フェンダー、無塗装のカーボン剥き出しやん」
こういう本来企図された姿とは異なる応急的な、現地改修っぽい姿、玲的には大好物である。
しかしいつも思うのだが、クラッシュしたマシンを一晩の内に修復して戦線復帰させてみせるメカニックさん達って、もう玲からしてみればゴッドハンドの集団に見えてしまう。
去年の春も、予選中にリアタイヤから後ろが無くなるレベルのクラッシュをしたHIS KONDO ADVAN GT-Rが一晩の内に修復されて、しかも決勝で優勝して見せたという熱い展開を目の当たりにしている。
肩入れ度が内心上昇する(←オイ)。
まぁクラッシュなんかしないに越したことはないんですがね。ミク号がガッシャンするなんて考えたくないし。
あの特徴的なリアウイングステーはフレーム直付けだからもしぶつけたら修理が大変、って話しも聞く(だから11年仕様で設計変更されたとも聞く)し。
改めてミク号と愉快な仲間達の無事を祈りつつ、フリー走行明けにやっとでツレと合流。
雨中のフリー走行でミクさん3位を受けて上機嫌になりつつパドックへとお邪魔してみると、そこには何と!
海外からのお客様の姿が!
恰幅良く、人懐こそうな顔のこの御仁、サウジアラビアからのお客様だそうな。確かに胸元に光るのはサウジアラビア国旗のピンズ。
「え、も、もしかしてミクさんオイルマネーゲット? BOBさん絶賛営業中??」
激しく妄想。
しかしどう考えてもオイルマネーが付いてしまうとミクさんの居場所が無くなってしまう。すっぱり諦めて・・・
あ、でもStudieがニュルに挑戦するならそのスポンサーとしては非常にありがたいのか。その時はそっちも応援しますね。その代わり映像の配信とか、録画の事後公開とかよろしくお願いしますw
さて、雨中のピットウォークはカメラを取り出せず、ほぼRQさん達をスマホで撮って回るだけに終始した玲。
本戦前の給油も終了、必要になるだろう飲料も買い込み、いよいよ本戦を堪能するべくグランドスタンドへ。
応援席を申し込んできたツレはそちらへ向かったので、本戦は一人で見ることになる。
これはチケット入手した当初は劇感エリアに張り付く予定でいたからなのだが・・・次は応援席、取ろうかな?
斜め下に青く染まったエリアを見てしまうと、ついそう思ってしまう。
5月の岡山では、本戦しか行けなかったけどフラッグ隊の皆さんとご一緒させていただいて楽しかったしね。
うん、検討課題だ。
そうこうしている間にスタート時刻が近付く。マシン達がずらりとグリッドに着いてゆく。マシンの調子はいいらしい。後は無事に、JIMGAINERより前でフィニッシュできるか。
500クラスから順番にマシン及びドライバーが紹介されてゆく。緊張感と、そしてテンションが高まってゆく。各チーム、ドライバーの応援団の興奮もピークに達している。
いいね、この空気。やっぱりサーキットはいい!
そしていよいよ。
ミク号の順番を迎える!
「クラス6番手からのスタート、さあ初音ミク応援団の皆さんも盛り上がっていることでしょう! カーナンバー4番は初音ミクグッドスマイルBMW、ドライバーは谷口信輝、番場琢組!」
カメラを握っているので拍手は出来ないけれど、せめて握り拳を突き上げて応援の念を飛ばす。NOBさんのスタートラップ劇場をまた見せてくれ!
そして期待に胸を高鳴らせながらいよいよマシンはグリッドを離れ、1周のウォーミングアップランへ。
これから始まる500kmの長旅。不安定な天候を突いての長丁場が始まる。今年はレース距離が短縮されたが、それでも他のレースの2倍の距離。何が起こるか分からない。
身の引き締まるような緊張感と期待感の中、まずはGT500クラスのマシン達が獰猛な咆哮とともにホームストレートを駆け抜ける!
「!!」
グランドスタンドは反響が凄い。冗談抜きで皮膚が震えるほどの轟音に一瞬歯を食いしばる。凄い迫力だ! 去年の劇感も楽しかったが、このサウンドを楽しめただけでも今年ここに来た甲斐はあった!
そして続けてGT300クラス! サウンドの迫力では劣るかも知れないが、こっちにはありとあらゆるマシンの揃ったバトルロワイヤルの面白さがある。
そしてその中を突き抜けてゆくミク号の勇姿! 頼むぞ、行ってこい! 1ポイントでも多くもぎ取ってくるんだ!
そして残されるのはもうもうたる水煙。やはりレース条件としてはかなりのヘビーウェット。思わぬところで足下を掬われかねない。
気をつけてくれよ、NOBさん!
祈る思いの最終コーナー、ミク号はどこだ、どこにいる? 大型ビジョンで見ていた限り、コースオフしたマシンはいないはずだが・・・
5位だ! 1台抜いて5位にいる!
「おお、凄ぇ! 谷口さん凄えよ!」
状況の不利が何だ。マシンの不利が何だ。条件が悪いというなら、俺がそれをひっくり返してやる! と言わんがばかりの谷口選手の力走。
握り拳に力がこもる。
行け、その調子だ! JIMGAINERを突き放せ! 何だ、レースペースも悪くないじゃないか!
そんなことを考え始めていた、その矢先だった。
ミク号が一つ、順位を落とした。その次のラップにまた一つ。
「!?」
何かのアクシデントか、それともどこか壊れたのか。冷たいものが背筋を駆け上がる。どうか、どうか一時的なものであってくれ!
しかし谷口選手をしてミク号の順位はズルズルと落ち続けてしまう。どうにも降雨量が大きく減ったことが、皮肉にも深溝レインタイヤの一番美味しい領域を外れてしまった模様。
「くそ、ここでかよ!」
歯ぎしりする思いのまま、為す術無く落ちていく一方の順位表示を睨むことしかできないこの悔しさ。ピットインして浅溝レインタイヤに交換しようにもミク号をはじめとするFIA-GT勢は燃費に辛さを抱えている。
このタイミングでピットインしてしまうと余計な給油が必要になって、義務付けられた回数以上にピットインが必要になりかねない。
苦しみながらでもこのまましばらく踏ん張るしかない! こんな展開、去年もここであったよな・・・
こうなれば番場選手のスティントで浅溝レインで追い上げてもらうしかない! 2年前の、あの驚異の走りの再現に望みを託し、よろばうようにピットインするミク号を見守る。
頼むぞ番ちゃん! S.B.T! S.B.T!!
カメラのファインダーを覗く手が震える。もう冷静に写真なんか撮っていられない。何とか、何とか一つでも上位まで巻き返してくれ!
だがしかし。
願いとは裏腹に、ミク号のラップタイムは再び下降線を辿る。先行車のピットインでじわじわと順位は上がるものの、トップ集団、そしてJIMGAINERとの差は開いてゆく一方。
そしてついには周回遅れにされてしまう!
流れが根本的に悪すぎる。気持ちが折れそうになったその時。
大型ビジョンに、ある光景が大写しになった。
「ああっ!」
スポンジバリアーに大きく乗り上げて停止してしまったRAYBRIG号の姿! メカニック達が必死に修復を成し遂げ、見事復活して見せたあのマシンが、再びクラッシュの憂き目を見ている! それもドライバーの安否が気遣われるような有様で。
当然の如くレースは全コース黄旗振動表示、セーフティーカー導入となる。幸いドライバーは無事だったらしい。胸をなで下ろす。
やっぱり誰もが無事であってこそのレースでありバトルであって欲しい。クラッシュなんかあんまり見たくないのだ。
だがその一方で。このSC導入でミク号は上位からさらに大きく突き放されてしまう。
さっきラップ遅れにされた影響が、こんなところで出てしまうなんて。
絶望感が襲う。正直、「惨敗」という言葉が脳裏を横切ってゆく。
だがしかし。
今年の鈴鹿の神様は、あるいはマモノは、悪戯を仕掛けるのが大好きな様子だった。
SCラップ明けから、ミク号のラップタイムが大きく向上してきたのだ。
「おお??」
前走車との差をみるみる詰めてゆく。ZENTポルシェをかわした! しかもその前のランボ88号車とのギャップを毎ラップ秒単位で猛然と詰めてゆく!
乾き始めた路面が、やっとタイヤにマッチしたらしい。凄いぞ、本当にS.B.Tが帰って来た!
みるみるタイムギャップが縮まってゆく。現金にも意気上がる玲の耳に、さらにとんでもないアナウンスが飛び込んできた。
「4号車がスリックタイヤを用意している」
!!?
なるほど確かに路面は乾き始めているようだ。しかしそれはあくまでライン上の話。そこから一歩外れればそこはまだ濡れた状態なのだ。しかもこの先、再び雨が降らない保証は無い。
しかしこのまま無難な選択をしていても、JIMGAINERとの勝負権は失われてしまう。
チームの判断を信じるしかない。NOBさんなら、谷口さんなら何とかしてくれるはずだ!
そしてそこからの追い上げは皆さんご存じの通り。
前走車を最早千切っては投げ、千切っては投げ! S字から逆バンクにかけて次々と3台のマシンを仕留めていった大型ビジョンの映像は、忘れようったって忘れられないインパクト。もはや神がかって見えるレベル。
きっとマシンはドライの時ほどグリップはせず、ズルズル滑りまくっているはず。事実、同様にスリックに交換したマシンのスピンやコースオフが頻発している。
にもかかわらず、谷口選手はその手綱を緩めない。巧みに、容赦なく、ミク号を駆り立て続ける。これならJIMGAINERにも追いつける!
捨てる神あれば拾う神あり。そう思った瞬間、しかし好事魔多し。
何とミク号にドライブスルーペナルティーの通達が。畜生、本当に流れが悪い。逆風が強すぎる!
肩を落としかける玲の目前で、だが谷口選手は微塵も気落ちなどしてはいなかった。
ペナルティピットを消化するや、玲が見たのは最早鬼神の走り。
みるみる間にJIMGAINERとの差が詰まってゆく。アイツの直下、5位まで巻き返してきた!
残り周回数とタイムギャップ、現在のラップ差が計算される。
かなりのぎりぎりのライン! しかもレースそのものの時間切れが迫ってきた。ここに引っかかると、そこで強制的にレースが終了してしまう。貴重なラップを失ってしまう。
何とか、何とか追いついてくれ! ここまで逆風だったんだ、せめて最後ぐらい追い風を吹かせてくれ!
毎ラップほぼ4秒詰まっている。時間的には後2周が限度か! 頼む、届いてくれ!
分厚い雲の下、再び雨の雫が落ち始めたサーキットに、今年は見られないと思っていたナイトランの光景が展開される。
黄色いヘッドライトの明かりを輝かせながらミク号がフィニッシュラインを超えたとき。
JIMGAINERは、0秒873だけ、ミク号の前にいた。
「ああ、届かなかったか・・・!」
がっくりと肩が落ちる。
しかし、悔しい一方で、凄いものを見られたという興奮もまた存在していた。
一時は全く勝負にならなかった車が、見事5位まで巻き返して見せたのである。
よし、チームの皆さんに会いに行こう。
凄いものを見せてもらったお礼を言いに行かないと。
そして駆け込んだピット裏。いつもの反省会が始まる。
最高に熱いものが見られました。本当にありがとうございます。
悔しくないと言えば嘘になるけど、見に来て本当に良かったと、そう思えるレースでした。
でも一番熱かったのは。
最後に谷口選手が見せた、あの男泣きの涙だったかもしれない。
ああ、またサーキットに行きたいな!
さて、長々書き連ねてしまいましたが、へっぽこ観戦記もこれでおしまいです。
皆さん、次はいつになるか分かりませんが、玲もまたサーキットに行きます。その時はまたよろしくお願いします。
次回は晴れますように!