無能なのに何故か余計な口を挟む人がいる.
不思議だなと思っていたが,そういう人たちはおそらく本当は何がどうなろうが構わないのだろうな,と思い至る.
自分さえよければ,その場を取り繕えれば,それでいいようである.
自分よりもはるかにレベルの高い先生の話.それを語る元学生もかつての自分よりもはるかに優秀である.だから自分の経験とは異なることも多い.だがかつての大学が持っていたであろうよいイメージは十分に理解できた.
だが今は昔のようではない.運営費が削られ,ポストは減り,定年延長で若い人が機会を奪われ,雑用は増え,論文を出せ,金をとってこいとプレッシャーをかけられる.これではたちいかなくなるのは当然である.世界中のどの国でも論文数はどんどん増えているが日本だけ横ばいである.よく引用される重要な論文,いわゆるTop10論文数は減っている.データが文科省の(あるいは本国の)政策に対する評価を如実に示している.しかし国は愚行を改めようとしない.政権内そして国民にも,知性の軽視というか,それよりも悪い,知性を侮蔑してほくそえんでいるような連中が多いように感じる.
作者は最後に喜嶋先生とその家族を「消滅」させている.もう喜嶋先生のような人は生きていけなくなった世の中になったのだ,との作者の静かな絶望を感じさせる.
現実はゆっくりと確実に破滅へと進んでいる.私たちは「消滅」せねばならないのか.国の愚策で知性が「消滅」せねばならないのか.いや,そんな馬鹿げたことは認められない.
さて,では自分はどうするべきだろうか.国内の状況も酷いが,これに加えて自分は大学内においてもハンデがある(身バレ防止のため詳細は書けないが).圧倒的に不利である.こうなるとゲリラ戦を展開するしかないのである.創造的に戦わねばならないのである.
なんとかしてよりよい論文を出す.そのために少しでも研究を実質的に推進する必要がある.利用できるものはなんでも利用する.
学外,学内を問わずを他人をバカにするのが趣味であるかのような連中がいるが,もとよりそんな奴らは全員無視だ.
頑張りすぎて息切れをしてもだめ.戦いをやめれば敗北である.生活,雑務,そして研究を両立させる.できないと信じられているが,やるしかないのである.そうしなければどのみち喜嶋先生のように「消滅」してしまうのだ.
入学者がかなり増える見込みとのこと.
定員厳格化の話はどうなったのだと調べてみると,1.1倍まではペナルティなしらしい.
わざとぎりぎりまで増やしたのだろうか.
1.0倍以内におさめれば助成金がわずかにアップされるらしいのだが,入学者を最大限増やす方が得なのだろうか.
一世一代の,ドラマチックな聖戦は実際の人 生にはないといっていいだろう.
あるのは日々の小さな,しかも内面の,他人には知られることのない自分との戦いである.
スポーツの試合で頂上決戦のようなものはあるにせよ,その勝敗は競技者のそれまでの日々の努力の積み重ねで大方決まってしまうものだろう.
日々黙々と頑張るしかない.
もちろん息抜きも必要である.この息抜きをうまくとるのが自分には難しい.だらけきってしまって戦闘態勢に戻るのが遅いのである.注意しないと.
業者Aは納期を守らなかった.事前連絡なしだった.
伝票処理に間に合わないということで事務が問い合わせをしたとのこと.長く付き合ってきたせいかこの他にも緩みが見られる.
今後この業者は大きな案件で使うのはやめる.小さな物品についても控える.別な業者を開拓しないといけない.近隣大学の先生に聞いてみる.