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2017/3/16

お引越し

なんか違うっかなーーー



純正律の和音のサンプル音源を数人に聴いてもらって。
すると、自然に聴こえるみたいとか、いいんじゃないとか、いう人はいいます。
しかし、その中では誰もパーになりませんでした。いいけど、オーケストラが聴きたいわ、などと言います。






私はなにがどうだったんだろーなと…
それは何だ、ということができないんだけど…




決まりで合奏したことはあるし、誘われて合唱部に入ったこともあったよ。
その時は出来が問えるようなレベルでなくて、でもやるのはよかったんじゃないかな。
自分のパートを必死にやるということは。
聴いて合わせるとかそんな高度なとこまでいかなかったしなー。
これは別のことで……



聴くだけだと、メロディがわからないと嫌なのではないかな…
後で思いだせるように旋律だけというのが好きなような。
思い出せるのが旋律だけなのでは…


和音なんかついてけないんだ。聴くだけのとき、合奏も合唱も、後では思いだせないんじゃないかな?それが嫌なのかなと…


????????????……………………………………………………………………………………





なにか楽器を鳴らしたいという興味がとくに無かったけど、鍵盤の運指だけをよくやっていて、癖のように、旋律を思い出しながら、指だけ動かすわけです。鼻歌よりは真剣な。言葉を思い浮かべて書くことと、おなじかなと思う。


すると、ははん?という感じがしてきます。和音は背景なんだろーか。
奥行きがですね…



法則かなと思ったけど……………………




純正律のきれいな和音は、奥行きがわかりやす………





















と、ここで、
書き直す前の記事に頂戴したお言葉がございましたので、掲載させていただきます~<(_ _*)>
へん化(パー化)により記事ごと削除してしまった模様です、お詫び申し上げます~
<(_ _*)>
偶然ではないからのとこは、そう思いはしたもののどうなのかと思って引っ込めたので、、、お言葉をいただけまして、大変良かったです~。ありがとうございますぅ。
<(_ _*)>



純正律の和声は自然に内在してる、だから「機能和声に基づく西欧音楽は必然的なもんではなくって、人間文化の一形態でしかない」とゆー相対主義は間違ってんじゃないか?

ってのがボクの「テーゼ」なんだ。ボクが天空のハルモニアにこだわってんのは、その自然(=宇宙)の神秘にとりつかれているからなんだよん。

>純正律のきれいな和音は、覚えなくてもいいんだ。覚えるということではないんだ。ただ楽しいだけなんだ。再現できるからかな?偶然ではないからなのかなー。

うん。ボクもそー思ってるよん♪(*^^*) 削除

2017/10/2(月) 午前 8:13


















きょうはびっくりする日だった…


と思ったけど、




いちいち驚くのがいかんのかしら



いつもだろー



…………………





なぜかおちつかないので

しずかにしてよう

どうしてなんだろう




………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………




はっ、もしかしてボケーーーーーーーっとしちゃってるだろ?

純正律のきれいな和音を聴くと、頭がすっからかんになると書いてあったな?

































わーい?
イメージ 1

ボケてるけど
ヘーエンベルク製のちーさいライアーです。作れそうだ。。。
カバーもかわいい。
とてもきれいな音がする~
七絃しかない。アメイジンググレイスは弾けたよ。





純正律が気に入ったので音源がほしいな…

たぶん素人は、MIDIファイルを作ればよい、という方向で…


純正律のサンプル音源は、くすぐられて笑うようなものだった。

聴いて、笑ったのだった。
そんな楽しさだった。


平均律は、うーんふつう




でも、聴いたことなかったかな?あるんじゃないか?…

耳の中が、大変気持ちよかったのだった。

なんでかしら。




と、うっすらと考えていると、以前は、メロディーだけあればいいといってたことを
思い出したのであった。和音とか合唱とかは多すぎる感じで、いらなかった。
聴くのは嫌だった。
(自分が一緒に歌うのは違うのに)

その時の曲のはよいハモりに思えなかっただけかな。
いや…


もー少し調べてみるのである。。。





















心身平行論を



唱えたひとに感謝して




私は身体を求めよう


























で?



わからないならほっておけ、ていうのは




相手の選択に任せるということは




やってたわけだけど



それしかなかったのだけど



できうる限りの説明をして



それでよかったのだけど




そうでなくなってきた







とても難しいのだった




難しいので知りたくない



しかし




知りたくないということは



もう方向性ができていてそっちに向かっているのだった
























おもいつけることが少ないと思って



悲しかったよ~~~~~



心配しなくても



自分のことしか考えていない~~~~~



ははははははは



可笑しーよ



じぶんの考えを通すのは



悲しい~~~~~~んだよ



向けられた意図が



言葉無しでわかる人は



まあふつうの人は



身の振り方がわかるということであって



やっぱそれがわからないんだな



私は












世界との区別がつく人と思っていたのは



いわゆる大人の人



大人とは思えないで



そんなことは知らないで



世界と区別がついてると思ってた



私がわかったのは



私には


区別があるのかないのかが



わからないということだった




区別とは



如何にしてそうなるのかが



方法がわからない



それは



わかることはできないことだった



何かの幸運で



もたらされなければ







心配しなくても



突然でしかない



それが私の安心みたいだな










































思考の流れ。



あれは…

(時間、以下同)

どうなってたっけかな?


()


おっ、もうこんな時間。


()


まてよ、懸念。


()


そういえば…


()


ああ、そうか


()


そうすると…


()


でも…


()


で…


()



()


あれはやっぱり…


()


まてよ、やり直し…


()


そうだ…


()


ああ、


()


おっ、もうこんな時間。


()

()

()()()()()()



こんな感じで太陽が登ったり降りたりする。






なんだっけな神経心理



自己の気づきというのは



楽しいと思うときに同時にうれしいのは



楽しんでいる身体という他者への共感がうれしいになる



んだったかな




ひとは孤独になれないんだ




自己満足があるかぎり




でも




楽しいまででいい気がする




実際の他者を求めるためには






で、どーしてもうれしいはゆっちゃうな…






























これは~おもしろそうな

というか慣れ親しみ、があるような。

再帰は重要なんだ…




高い本が一冊しかないような。

と思ったら高くはなかった、アマゾンめ…

こういうのは、全部わかってるような人がやるのだろうな…

無謀なんだろうな…

これを知りたい、わかるといいな…




わかるわけない?



意味だけでもいいです…



とりあえずpdfを集める…