"Aguas de Março" - 「3月の雨」 アントニオ・カルロス・ジョビン 1972年3月に作曲
「イパネマの娘」がヒットしたのは8年も前のことだ。
「80年代に、まだサーカスかなんかで"イパネマの娘'“を歌って、ヤジを飛ばされたりするんだろうなあ」
そんなことを思っていたジョビンはこのときかなり病んでいた。
肝硬変を患い、余命6か月の死の宣告を医者からされていた。
肉体的にも追い詰められていたが、精神的にもかなり追い詰められていた。
「3月の雨」を書く一年前、一部のアーチストは軍事政権に対する抗議運動を起こす。
ブラジル軍事政権下で行われた検閲に対し、アーチストが署名運動をおこしたのだ。
ジョビンもそれに賛同していた。
しかしながら、事は彼の予想を遥かに上回っていた。
その代償として、グローブテレビの国際歌謡祭の出場が禁止され、合計12人のアーチストが数時間抑留され、尋問を受けた。
その後警察はジョビンに対する弾圧の手を強め、ジョビンは何度も尋問を受けることになる。
電話は盗聴され、手紙なども検閲にあっていた。
あまり親しくはないが、ジョビンに懇意にしてくれていた、警察と宜しくやっている作家が、
ジョビンのために動いてくれた。
その男は、タイプライターで政府抗議運動の参加は「自分の意図したことではなかった」と打つと、
それを声明文としてジョビンのサイン入りで警察に渡したのだ。
É um resto de toco, é um pouco sozinho.
-吸い殻、ちょっと一人ぼっち。
後年、ブラジル新聞に語ったところによると、この時期のジョビンは、
「すべてが終わった気がしていた。もう何もできないと思っていた。
浴びるように酒を飲んでいた。誰も自分の曲なんか聞きたくないんだろう」。
いつもテーブルには灰皿に山のようなタバコの吸い殻、そして、ピンガ(サトウキビのお酒)の瓶あった。
É a garrafa de cana, o estilhaço na estrada
- 酒瓶、道路の破片
ジョビンはペトロポリスに近い山岳地帯、サンジョゼ・ド・バリ・ド・リオ・プレートにある親戚の別荘に遊びに来ていた。
ジョビンはそのころ"Matita Perê" というアルバムの製作に取り組んでいた。
朝が明けるか明けないかくらいの時刻まで、アルバムの楽曲に取り組んでいた。
死を宣告された体だから、思うように筆が運ばなかったのだろうか。
É o carro enguiçado, é a lama, é a lama
‐ 故障した車、泥、泥、
疲れていた。もう寝ようと椅子から立ち上がり、
ふと窓の外を見る。
3月の雨が降っていた。
恵みの雨、夏の終わりを告げる雨。物事が新たになるこの雨。
Das águas de março é o fim da canseira
3月の雨の、疲労の終わり。
すると、不思議に頭の中に節が浮かんだ。
それは自分の詩ではない、
J.B. de Carvalho作” Conjunto Tupi“の一節、
”É pau, é pedra, ~”
その” Conjunto Tupi“の一節が「3月の雨」の歌いだし、”É pau, é pedra”になり、その後、彼は次のように続ける。
” é o fim do caminho”
それは木です、石です、行き止まり
ジョビンは一気に書き上げる。ジョビンの筆は止まらない。
静養するために訪れた場所だったから、書くものなど何もなかった。
パンをくるんでいる茶色い包み紙に走り書きで書く。
「これはいい曲になる」
ジョビンはうっすらと太陽の光が感じられるくらいの時間に別荘にいた妹エレーナと義理の弟を起こし、
メモに書き留めた歌詞を見せる。
メモの走り書きには、 "o projeto da casa", "a viga", "o vão", "a lenha", "o tijolo chegando", "o corpo na cama".など沢山の言葉が並べられていた。
エレーナが子どものお絵描帳か何かを探してきて、それをジョビンに渡した。
ジョビンはその紙に、曲を仕上げていく。
曲はあっという間に出来上がった。
曲が仕上がってリオに戻ったジョビンは、行きつけのバー”Antonio’s”に行き、そこにいる自分の友達を全部自宅に引っ張ってきた。
「いい曲ができた。みんなに聞いてもらいたいんだ。」
ベランダがいっぱいになるまで友達を全部呼んできた。
みんなが揃うと、ポケットからボロボロになった紙を取り出し、ギターで歌いだした。
É pau, é pedra, é o fim do caminho
それは木です、石です、行き止まり
É um passo, é uma ponte, é um sapo, é uma rã
一歩、橋、ヒキガエル、蛙、
何かに代わっていくものそれは、
É um espinho na mão, é um corte no pé
手のとげ、足の切り傷、
あたかもキリストが手足につけられた傷のよう。
その傷によって、私たちは癒されているとイザヤ書にあるように。
5彼が刺し貫かれたのは
わたしたちの背きのためであり
彼が打ち砕かれたのは
わたしたちの咎のためであった。
彼の受けた懲らしめによって
わたしたちに平和が与えられ
彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。
(イザヤ書53章5節)
São as águas de março fechando o verão
それらは夏を締めくくる3月の雨
É a promessa de vida no teu coração
あなたの心にある人生の約束
彼がこの曲で歌っているように、まさにこの曲は彼の転機になる。
1972年に「3月の雨」はリリースされる。
当初は ”o Tom de Jobim e o Tal de João Bosco”と名うって ドーナツ版で録音され、
その後、"Matita Perê" のアルバムに収録された。
1974年エリス・レジーナとのデュエットで、LP版Elis & Tomがリリースされる。
1980年代にはロックヴァージョン(アメリカ)やそのほかのヴァージョンで
コカコーラのキャンペーンソングに起用されるなどした(歌詞の内容はコカ・コーラの宣伝用に変更されている)。
2001年に行われた、Folha de São Paulo誌のブラジルのジャーナリスト、音楽家、その他アーチスト214人を対象とする調査で、「3月の雨」はもっとも優れた音楽と評されている。
ラジルローリングストーン誌の同様の調査でも、シコ・ブアルキの”Construção”に次いで2位となっている。
今日は4月16日、折しも昨日は、キリストが十字架の上で苦しまれた金曜日であり、明日はご復活なさる日曜日である。
この曲はきっと、
終わったと思っていても、それで終わりではない。
むしろ、「終わったところから、新たな復活がある」と伝えているようだ。
São as águas de março fechando o verão
それらは夏を締めくくる3月の雨
É a promessa de vida no teu coração
あなたの心にある人生の約束
イースターに添えて。
