15歳の浅田真央選手の演技はまるで氷上の妖精のようだと思う。

あの時の彼女の演技は、今のキムヨナの金メダルの演技より、私は好きだ。

今のキムヨナは確かに凄い。

でも、15歳の浅田真央の演技は、もっと伸びやかで、軽やかな気がする。


四年前、年齢制限でオリンピックに出れなかった浅田選手は、笑いながら「四年後の楽しみにします」ということを言っていた気がする。

それから、フィギュアスケートの失格基準が変わった。

彼女に不利な方向へ。


それから、彼女のスケートは、どこか制限されているような、風に思う。

彼女のスケートは矯正を強要されて、伸びやかではいられなくなってしまった。

羽を捥がれた鳥みたいに。

でも、彼女はその中でも自分に持てる力を出し切って氷上の演技を追い続けてる。


彼女は天才。

でも、誰のせいでもなく、時代のいたずらで不遇。


けれどそれでも、彼女は足掻いて自分の持てる全力を使って挑み続ける。


彼女が責めるのはいつも自分だ。

誰のせいにもしない。

時代のせいにすらしない。


三つも年下だけれど、彼女のことを私は尊敬する。

本当の強さを彼女は持っている気がする。


彼女はまた、挑み続けるんだろう。

運命がどうあろうとも、彼女は彼女自身を見つめて戒めながら、認めながら、挑むんだろう。

努力が報われない。それは、辛く苦しい道だと思う。

でも、彼女はあきらめないのだろう。

あきらめないでほしい。


ふと、思った。

天才は不遇なもの。

神様は天才に逆境を与える。

それは、神様が、その人にしかその苦しみを乗り越えられないと、言い換えれば、唯一その人だけが、その苦しみを乗り越えられると知っているから、苦しみを与えるのだと。

苦しみは楽しみの十倍の価値がある、とは、ミケランジェロの言葉だけど、本当にそう。


逆境を与えられる彼女は、神様にその才能を愛されているのだと思う。

かみさま、ってよくわからないけれど、特別な宗教ではなくて、私の中では、なんだか、ばくぜんとしているけれど。


そう、インタビューに答える浅田真央選手を見て、思いました。

彼女を尊敬して、そして、応援しています。