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【自作を決意するまで】
模型を作って理想の財布の形は決まった。それをバラせばもはや型紙と同じ。ここまで来たら、もう探すのを諦めてオリジナルの財布を製作する方向で行った方がいいんじゃないか、ということになった。
とはいえ、いきなり自分で作ろうと思ったわけでもなくて。最初はフルオーダーで革製品を作ってくれる作家や工房を探した。
残念ながら知り合いにレザークラフト作家はいなかった。レザークラフト作家が知り合いに居るという人も聞いたことがなかった。もしあの頃の僕が今の僕と出会っていたら、迷わず製作を依頼したことだろう。
・・余談だけど、僕の客として作品を買ってくれた人は「頼んだら注文通りに革製品を作ってくれる知り合いが居る人」ということになる。うらやましすぎる。あの頃の僕にそいつを紹介してくれ。余談終了。
さて、ネットでもオーダーを受け付けてくれる工房を探したけど、フルオーダーをどれくらいの価格帯で引き受けてくれるのか目安になる情報がどこにもなくて依頼する勇気は湧かなかった。(雰囲気的にはどこも万単位でやってる感じだけは醸し出している)
ここまで来て、『こうなると自分でやるしかないか・・・』という話に行き着いた。というわけで今度はレザークラフトに必要な道具や加工方法について調べ始めた。
幸い、革の加工方法については人類の長い歴史の中でほぼ確立されているので、先人たちの知恵に頼れば済む話である。昔だったらこういう時、専門書を探すかレザークラフト教室に行くしかなかったはず。本来、技術と情報ってのは無形ではあるけど無料ではないですからね。『技術』で飯食ったことない人とかが陥りやすい勘違いですが。
ただ、今は個人が好きなだけ情報発信できる時代。趣味でレザークラフトをやっている人が書いたブログやらなんやらに必要な道具やその使い方が事細かに説明してあるものが、ネットを探せばいくらでも出てくる。後に専門書を買って読んでみたけど結局書いてあることはネットに書いてあったことと基礎的な部分はあまり変わらない。情報を食う側としては良い時代になったものである。
さて、必要な道具がわかり、それをAmazonで可能な限り安いものを探すと材料費も含め5000円もあれば小さい財布1個くらい出来そうな見積もりになった。財布買うより遥かに安い。そして失敗してゴミみたいなものしか出来なかったときでもなんとか諦めはつく金額。
『本当に出来るのか?』という不安はあれど、そこは「なんでも作るよ」の精神が僕には根付いている。世の中にあるものすべて、それを作っている人が居るってことで、人に出来て自分に不可能なんて話はない。方法を知り環境を整えれば出来ないものはないってのが僕の持論だ。やるしかない。心は決まった。早速Amazonで必要なものを一気に注文した。
ちなみに、当時のブラウザの履歴。3月25日あたりからレザークラフトについて調べ始めた形跡が残っていた。
そしてこっちがAmazonの購入履歴。最初にレザークラフト関連のものが届いたのは3月28日。「思い立ったら即行動」がモットーではあるが、我ながらアホみたいな速さである。
【そうこうしてるうちに出来ちゃった。】
instagramの過去の投稿を遡ってみればamazonから荷物が届いて3日後の3月30日には「とりあえず革の加工の練習に」と作ってみた手帳型スマホケースが出来上がる。
そこから1週間後の4月6日。当初の目的の財布が出来上がる。
いや、速すぎだ。実は要領も得てない中で途中失敗、作り直しも経ているのだけど、それも含めてこんな短期間で出来てる記憶ではなかった。繰り返すがアホみたいな速さである。しかも、「微妙だけど我慢して使うかー」というレベルではなく十分満足いく出来なのである。いまや何作品もこなして技術がある程度確立したので、この当時の作品を見れば数段落ちるレベルのものではあるが、初回であることを踏まえても充分合格点は出てるのだ。実際、この財布を日々使いながら「プレゼン資料」としてこれを見た人から多くのオーダーを受けた。これが「手作り感満載」な残念な出来だったらこうはいかなかったと思う。
・・・まぁ、自分、器用ですから。
【速攻で注文が入った】
財布が出来上がったのが嬉しくてSNSにも投稿したし、知り合いにも見せまくった。何しろ欲しいのに世の中に無いものを自分で設計して自分で作った結果、この世に形となって現れたのである。嬉しいに決まってる。
すると、この財布を見た人から意外な一言が来た。
「同じものを作ってほしい」
え、欲しいの?売れるんだこれ。って思ったよ。
そんなこんなで僕の財布が完成して10日後、4月16日までには1件目の注文を受け、仕様を決め、革を仕入れて製作し、納品まで完了しています。やっぱり早すぎます。
【そして注文が途切れない】
調子に乗って一度引き受けたら、その後はまぁ良いペースで注文が入った。素人仕事なもので一つ作るのにまぁまぁ時間はかかる。1件納品するまでには1件注文が入るぐらいのペースで注文が来た。納品するために飲み屋で待ち合わせて商品の受け渡しをしていたらそれを見て気に入ってくれた人から注文が入ったり。
前述の通り、商売のためにレザークラフトを始めたわけではないし、販路拡大にエネルギーを割くわけでもない。目的はあくまで自分のために使いやすい財布を作ることなのだから。だがしかし頭には「思い立ったら即行動」。深く考えることもなくそんな流れに身を任せて、代金を頂きつつ注文を捌いていった。なんやかんやで20件を超えるオーダーを捌き、今も10件ほどのオーダー待ち案件を抱えている。
結果、ちょっとした商売になってしまったのだけど、良い点がいっぱいあった。
初期作品は決して悪い出来ではないのだけど、安い端切れ革を使って作った物でもあり、100点ではない。本当に理想の財布を作り上げるにはもっと技術を身に付けなければならない。技術だけじゃなくて、機材も必要だった。安物工具でも一応形にはなるけど、作品のレベルを上げられるようなもっと良い工具とか、無くても何とかなるけど有った方が良い工具とか、揃えたいものはたくさんあった。
技術レベルアップのための試作用材料や、工具をそろえるには自己資本では不足があった。これが、注文品の代金を頂くことでクリアできた。売上の大半は材料の仕入れと機材の購入に消えている。営利目的ではないのでそれで十分。
さらには、数を捌くことによる経験値アップという効果も生まれた。完全オーダーメイドだったのでいろんなものを作った。おかげで自分の物を作るだけでは身につかなかった加工技術も習得できてしまった。
趣味を充実させるために商売にする。そんなやり方も面白いもんですね。
ちなみに、注文してくれた人の多くは家の近所で出来た知り合い。SNSを通じて古い友人からも注文は来たけど、主力は夜な夜なふらふらと出歩いては呑んで呑まれて呑まれて呑んでた結果出来た呑兵衛どものネットワークだ。こういう事があるから酒の縁とは馬鹿に出来ない。
【ものづくりの本質を垣間見る】
大企業から自営業まで、製造業と呼ばれる業態で商売をしている所はやることはどこも一緒だ。
市場調査(マーケティング)⇒商品開発⇒製造技術の確立⇒販売(営業)
これが一連の流れである。
・世の中に必要とされるものを設計する。
・設計した通りのものを作る。
・それを必要としている人とつながる。
どれ一つ抜けても商売は成り立たないのだ。手先が器用なだけじゃダメってことです。
数多くの企業はこれを分業してやってるけど、個人の作家は一人で全部やるってこと。
僕の場合は自分自身のために僕が本当に欲しい財布を設計して、たまたまそれを欲しいと思った人が近くにいてくれた。
そして、僕の知り合いの中に新しい活動を応援してくれる意味も込めて、注文をしてくれる人が数多くいた。
偶然の要素が大きい。でもそういう人間関係を作ってきたのは僕自身だし、運も実力のうちだよね。
きっと仏様が僕を援けれくれたんだろう。そう思うことにしている。
レザー作家という新しい"道"に引き合わせてくれたことに感謝しながら日々作品づくりを続けています。