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2009/7/22(水)
入院の日。
朝、出勤前に父の部屋を覗くと、用意したボストンバックを目の前に置いて正座する父の姿。
一瞬、声を掛けるのをためらったけど、いつも通り
「行って来ます」
と家を出ました。
“また父がこの部屋に帰って来ますように”
家族として、居て当たり前の人が居なくなる、なんて
今まで考えもしなかった事が急に現実味を帯びた気がして願いました。
入院には母と妹が付き添ってくれた為、夜、病院へ。
この一週間で検査した結果を踏まえ、先生から手術の方法等の説明がありました。
まさにドラマでよく見るような空間に、先生と私たち家族、
そしてライトで映し出されたレントゲン写真。
先生が
「血圧、心肺機能等、ガン以外の問題はありません」
と言い、少しホッとしたのも束の間・・・
「これは肝臓です」
とモニターに写るCT画像。
先生がキーを押すと、輪切りに撮影された画像が少しずつ下方へ変わっていく。
「ここに転移があります」
え?
転移?
あの黒いの?
と“転移”という言葉にやや動揺し、冷静にモニターを見れないでいると
「こちらにもあります」
さっきのものより小さな黒い円が確かに見える。
やはり黒く見えるのがガンらしい。
「肝臓は左右に分けて右葉、左葉と呼びますが、
左右の両方、両葉に転移があります」
と説明され、
モニターの画面は肝臓の部分を上下に行ったり来たりしている。
一つはかなり大きく、もう一つはやや小ぶり。
今回の手術では、直腸に出来たガンを摘出。
その後抗がん剤治療で肝臓のガンを小さくし、4・5カ月後を目途に肝臓の手術をする。
というのが先生からのお話でした。
先生の説明通り、上手くいくんだろうか?
最悪の場合、どうなってしまうんだろう?
色々気になるものの口に出来ずにいると、
弟が「今の状況だと余命は?」と聞きました。
「今のまま、何もしなければ半年です」と先生。
半年?
直腸のガンさえ切ってしまえば!と考えていた私たち家族にとって、
その後も抗がん剤、手術・・・と続いていく事が信じられませんでした。
でも何もしなければ半年。
やるしかない。
父が一番ショックを受けていたと思います。
こうして手術日は2日後の2009/7/24(金)と決まりました。
近所のクリニックへ行った翌日、紹介してもらった病院へ電話をしました。
週明け13日(月)が空いているとの事で、予約。
7/13(月)
早速、外来で外科へ。父と母、2人で行きました。
午後から私も病院へ。
血液検査やレントゲン等々の検査の後、先生と話し、「これから詳しく検査をしていきますが、出来たものは切ればいいんです。まだ若いし、頑張りましょう」的な事を言われたと父は割りとサッパリしていました。
入院は7/22(水)、手術は7/24(金)に決まり、それまでほぼ毎日、外来で検査をする事になりました。
検査日程、内容の詳細は覚えていないのですが、
CT、内視鏡、造影、エコーを1日ずつしたと記憶しています。
途中、熱が出てしまい1日ずれ込み、入院前日まで検査でした。
「もうどうせ死ぬんだから、入院も手術もしたくない」と自暴自棄になった父を、結婚したばかりの妹が家まで迎えに来て一緒に病院へ行く…という事も一度ありました。
7/17(金)
父の希望で、家族で食事をしました

父、母、私、妹、弟の5人での食事は、妹が結婚しているので、かなり久しぶりでした。
あんまり食欲は無いようでしたが、家族が揃い父は嬉しそうにしていました。
がんを告知されてから、あっと言う間の日々を経て、入院の日を迎えました。