久々に会った同僚。


元々は医療関係で研究をお互いにやってて。


私は、その子をすごいなーと。


ただ、知識と勢いとやる気に圧倒され、でも尊敬してた。


当時、気になってた言葉は、

shiiは偉いね、ちゃんと患者さんのためになる研究してってこと。


え?って思った。患者さんのためになる研究をして、患者さんのためにより良い医療を提供するんじゃないの?って。

それしかなかったから。



その子は、自分の夢=大学教授になるためには、論文をたくさん書いて、偉い人に認められるため、評価されるためにやってるといった。



なんだか、やっつけ仕事じゃん、と思ったが、勢いは止まらず、その分野の本を書いたり、言葉通り大学院に進み、夢を実現させる為に今日も、研究発表をしてきたそうだった。


そして、


第三者に評価される人じゃないとダメなんだ。
と言っていた。



一緒にいて、楽しくなかった。



思い返せば、いつも会えば仕事の話だったな。


こんな研究を今やってる。


◯◯大学の教授に声をかけてもらった。






なんかさー。
人から評価されなきゃ価値無いの?



まぁ、久しぶりに会ったから、自慢話したかっただけなのかもしれないし、それしか言うことないのかなー、とも思ったが、本人が幸せなら良いと思うけど。





どう生きようと、いいと思うと、


自分の思想と他人の思想も、どうでも良くなってきて。


この世界の仕組みをどう認識しようと、輪廻転生があろうとなかろうと



だれかの言葉が正しいとか正しくないとか


イイとか悪いとか


ではなくて。



私にとっては、


幸せを感じて生きることは、



言葉で言えば物欲だったけど



気づいていなかったけど感情の代償だったのかな。




気持ちが満ちていれば、


お酒もクラブも地位も名誉も要らなかったかも。



気持ちが満ちているというのは、



欲しがらなければ満ちているわけで。



足るを知るなわけで。



それになるには、



心を空っぽに、なのかな。




結局、美味しいもの、行きたいところ、見たいもの。



終わりがない。




でも、それは体験して損は無い。



ただ、終わりがない。



これを知っとかなきゃ。




溢れてるから、この世界には。