どうもです。
今回は観光地の紹介をせず、タイトルにもある通り日本の現状の問題について考えます。


今回考えるのは「日本という国は安売りされすぎではないか。」です。

※この記事はスマートフォンだと見づらいです。

 

 

 

日本は、世界でも稀なほど長い歴史を連続して持つ国であり、王朝交代や宗教革命によって文化が断絶することなく、千年以上前の思想や美意識が、今なお日常の中に根付いています。

 

その結果、日本の文化は非常に濃いわけです。

 

神社や寺院は、単なる観光施設ではなく、信仰・歴史・建築・自然が一体となった空間であり、歩くだけでも心が落ち着く場所です。


沖縄の透明な海、北海道の世界屈指のパウダースノー、国土の約7割を占める自然、豊富な水資源が育む果物や農産物。

これらは偶然ではなく、日本という土地が長い時間をかけて形成してきた価値でしょう。

 

さらに、日本は政治的に安定し、自由が保障され、世界的に見ても治安が非常に良く、自然や歴史の国であると同時に、東京のような世界最高水準の大都市も併せ持つ。

この「両立」こそ、日本の大きな強みであると言えます。

 

それにもかかわらず、こうした価値ある体験が、あまりにも安価で提供されすぎではないでしょうか。

 

日本人が信仰の対象として神社仏閣に数百円の参拝料を納めるのは理解できます。

しかし、特に信仰的背景を持たず、純粋な観光目的で訪れる外国人に対しても同じ料金でよいのかは、再考の余地があると思います。

 

江戸時代から数百年、時には千年以上、ほぼ同じ姿で守られてきた建築・文化遺産に支払う対価としては、あまりにも低いです。

 

これは「差別」ではなく、「価値に対する適正価格」の問題です。

 

ルーブル美術館やヨーロッパの大聖堂では、文化財に相応しい入場料が設定されています。

 

日本だけが、文化を無料に近いものとして扱ってきた結果、維持や継承が困難になりつつあるのではないでしょうか。

 

そしてもう一つの大きな課題が、グローバル化です。

グローバル化は便利さと引き換えに、文化の均質化をもたらします。

 

分かりやすさ、消費しやすさが優先され、日本独自の文脈や精神性が削ぎ落とされていき、神社が「映えスポット」になり、祭りが「イベント化」する時、文化は静かに死んでいくでしょう。


さらに文化の保全という視点で考えると、陶芸や宮大工といった伝統職が直面している現実は極めて深刻で、これらの職業は、日本文化の中核を担ってきたにもかかわらず、現代の経済水準で見れば、報酬面は明らかに低いわけです。

 

グローバル化が進めば進むほど、競争は激化しますし価格、効率、スピードが重視される市場において、時間と技術の蓄積を必要とする伝統職は、構造的に不利な立場に置かれます。

 

かつては「金がなくても、誇りと役割があった」時代が存在し、人々はそれぞれの職に就き、文化や技を給料以上の価値として大切にして生きていました。

 

しかし現代においては、「お金より文化・伝統を重視すべきだ」という思想は危険でしょう。

 

中国やロシアといった近隣諸国が軍事的・政治的に過激化する中、防衛はもはや理想論では済まされなくなってきました。

 

防衛とは軍事力だけではなく、国家の経済力そのものであります。経済が成長しなければ、技術も外交も防衛も維持できない。

 

つまり、経済成長こそが最大の防衛ということです。

現代経済の指標であるGDPで考えた場合、文化重視の姿勢は必ずしも高い付加価値を生む分けではありません。精神的な豊かさ、心の充足という「見えない価値」は確かに存在します。

 

しかしそれは数字には表れず、国家運営の基盤にはなりにくいのです。

 

皮肉なことに、文化を尊重しすぎるあまり経済を軽視すると、その文化を守る土台そのものが崩れてしまう。結果として、我々が誇る国土や文化は「守られた末に死ぬ」ことになります。

 

では、グローバル化は本当に悪なのでしょうか。

 

日本の強みは、他国の文化をそのまま模倣するのではなく、吸収し、独自に再構築してきた点にあります。

その象徴が、アニメ・漫画・ゲームといったIP産業です。

これらはすでに巨大な経済圏を形成し、アニメ産業は4兆円規模に達しようとしています。

 

もし、KADOKAWA、バンダイナムコ、任天堂といった企業が海外資本に買収されたとき、我々はどんな顔をするでしょうか。


それは「グローバル化に成功した姿」なのか、それとも「文化の主導権を失った姿」でしょうか。

 

かつてスティーブ・ジョブスが憧れたSONYは、大きな転換を掲げ、アニメをはじめとするIP産業に軸足を移しつつあります。

これは、日本が世界と戦える数少ない分野が「文化を経済に変換できる産業」であることを示していると言えるのではないでしょうか。

 

しかし、そのアニメ産業ですら、制作会社が十分に利益を得られない製作委員会方式が主流です。

 

また、ヒット作に売上が極端に集中するという構造上、現状の税制度だとアニメ放映後の税金に備えなけれなならないという問題点があります。

こうした特性を踏まえ、税制優遇や分配構造の見直しといった制度設計が必要不可欠ではないでしょうか。

 

同時に、宮大工や陶芸といった伝統職に対しても、単なる「文化保護」ではなく、経済的に成り立つ支援を拡充すべきで、補助金だけでなく、価値を価格に転換する仕組みを作らなければ、高齢化ののち無くなるでしょう。

 

そして最後に問われるのは、我々自身の姿勢です。


お金への執着を否定するのではなく、お金をどう使い、何を守るために稼ぐのかを、もう一度見つめ直す必要があるのではないでしょうか。

 

最後に、日本文化を守るとは、排他的になることではありません。むしろ、自らがその高い価値を再認識し、適正に扱うことです。

安易な安売りを排し、自国の歴史と文化に誇りを持つこと。

それこそが、真の意味で日本を世界へ開くことにつながるのだと考えます。