4日目
朝は7時に起きてホテルで朝食を食べ、9時のバスに間に合うように昨日のファランポーン駅へ
バス乗り場を聞くと、カンチャナブリーからの日帰りは難しいとのこと
どうやら昨日教えてくれた人は日帰りだと思っていなかったようです
列車も間に合わないのでどうしようと迷っていると、観光案内所の人がタクシーチャーターの方法もあると教えてくれました
高速使って片道2時間半で1台8000円・・・・・・・ちょっと高いけどカンチャナブリーには行きたかったのでお願いしました
高速をぶっ飛ばして11時半に到着
タクシーでJEATH戦争博物館~カンチャナブリー連合軍共同墓地~泰緬鉄道博物館~第二次世界大戦博物館~クワイ川鉄橋~カンチャナブリー駅と回りました。
JEATH戦争博物館
いろいろな写真や武器などが展示してあります。




カンチャナブリー連合軍共同墓地
綺麗なお墓です。墓石の年齢をみると10代の捕虜がいたりととても悲しくなります。



泰緬鉄道博物館
綺麗な博物館で、かなり見どころがありましたが、写真撮影不可です。

第二次世界大戦博物館
かつての日本軍の蒸気機関車や、いろいろな資料がありました。


クワイ川鉄橋








橋から飛び降りてみた

ウソウソ・・・・・・・頑張ってジャンプしました

カンチャナブリ―駅
日本の蒸気機関車や、日本軍の車両が駅前の広場に置いてあります。
まだ現役で動く日本の蒸気機関車もあり、土日は今でも運行しているとかいう話です。






日本ではあまり知名度はありませんが、戦場にかける橋という映画で有名になった地です。
戦時中に捕虜を使っての強制労働で、秘境に鉄道をひいたことで多くの命が失われました。
崖をダイナマイトで吹っ飛ばして作った線路は、車体のすぐ横に荒々しい岩盤がむき出しで迫力があります。
また、木材でつくった高架など鉄道マニアでなくても見どころがあるのではないでしょうか。
かつてタイとミャンマーを結んでいたこの鉄道は、日本名は泰麺鉄道。
別名はDeath Railway (死の鉄道)とも呼ばれています。
日本軍1万2000人(不明)
連合国の捕虜6万2000人(1万2619人死亡)
募集で集まったタイ人数万(未知数)
ミャンマー人18万人(4万死亡)
マレーシア人(華人・印僑含む)8万人(4万2000死亡)
インドネシア人(華僑含む)4万5000人(不明)
食料不足からくる栄養失調とコレラやマラリアにかかって死者数が莫大な数(日本側とタイ・ミャンマー側の調査で食い違いが出るが、約半数と言われる)に上り、戦後に問題となった。
日本軍による虐待や残忍行為もたくさんあったそうです。
怪我をした人は麻酔なしでの手術か何もせず放置だったそうで、医療体制が整っていないまま危険な労働を強制したそうです。
行った日も墓地にはオーストラリア人の遺族が来ており、日本人としてとても肩身が狭く申し訳ない思いをしました。
日本は原爆や空襲の被害を語り継ぐことは毎年熱心ですが、加害の部分を語り継ぐことに対しては消極的だと感じるのは私だけでしょうか?
事実、これだけの死者を出しているこの鉄道を知っている日本人はほんの数パーセントでしょう。
悲惨な歴史はありましたが、日本軍がこんなに遠くまで遠征して鉄橋を作っていたと思うと昔はすごかったんだなーと思いました。
博物館の路線図や写真を見ると、日本語の看板の駅や日本の機関車が走っているので異様な光景でした。
クワイ川鉄橋は列車が来ない時は自由に歩いて渡れます。
線路の中央部は板があるので恐怖を感じませんが、線路の外側で足を踏み外したら10メートル下の川に転落します
たっぷり写真を撮って満足した所でタクシーでバンコクへ戻りました
夕方から市内の寺院を観光し、夜景を撮影しました。







そして前日のお気に入りのレストランへ


タイスキ、トムヤンクン、前日にとても気に入ったスパイシーサラダを注文しました。
お店の店員さんも覚えていてくれてました



夜は繁華街でお買いもの。
様々な光の模様が作れるレーザーを値切りまくって1400円で買いました
いろんなお店があるので買い物はすごく楽しいです。
そしてこの日は初めてのオイルマッサージに挑戦し、1時間1000円でやってもらいました。
とても気持ちよかったです
でも腰痛には効かないので、やはりタイ古式マッサージが一番ですね
後輩は別れたCAの彼女から電話がかかってきてました。
なんとなく彼女はよりを戻したいような感じでした
私も何度か会ったことがあり、とても綺麗な彼女なのですが、後輩は別れたいみたいで・・・・・・・贅沢な悩みです
また5日目も見に来てくださいね
コメント待ってます

朝は7時に起きてホテルで朝食を食べ、9時のバスに間に合うように昨日のファランポーン駅へ

バス乗り場を聞くと、カンチャナブリーからの日帰りは難しいとのこと
どうやら昨日教えてくれた人は日帰りだと思っていなかったようです
列車も間に合わないのでどうしようと迷っていると、観光案内所の人がタクシーチャーターの方法もあると教えてくれました

高速使って片道2時間半で1台8000円・・・・・・・ちょっと高いけどカンチャナブリーには行きたかったのでお願いしました
高速をぶっ飛ばして11時半に到着
タクシーでJEATH戦争博物館~カンチャナブリー連合軍共同墓地~泰緬鉄道博物館~第二次世界大戦博物館~クワイ川鉄橋~カンチャナブリー駅と回りました。
JEATH戦争博物館
いろいろな写真や武器などが展示してあります。




カンチャナブリー連合軍共同墓地
綺麗なお墓です。墓石の年齢をみると10代の捕虜がいたりととても悲しくなります。



泰緬鉄道博物館
綺麗な博物館で、かなり見どころがありましたが、写真撮影不可です。

第二次世界大戦博物館
かつての日本軍の蒸気機関車や、いろいろな資料がありました。


クワイ川鉄橋








橋から飛び降りてみた

ウソウソ・・・・・・・頑張ってジャンプしました


カンチャナブリ―駅
日本の蒸気機関車や、日本軍の車両が駅前の広場に置いてあります。
まだ現役で動く日本の蒸気機関車もあり、土日は今でも運行しているとかいう話です。






日本ではあまり知名度はありませんが、戦場にかける橋という映画で有名になった地です。
戦時中に捕虜を使っての強制労働で、秘境に鉄道をひいたことで多くの命が失われました。
崖をダイナマイトで吹っ飛ばして作った線路は、車体のすぐ横に荒々しい岩盤がむき出しで迫力があります。
また、木材でつくった高架など鉄道マニアでなくても見どころがあるのではないでしょうか。
かつてタイとミャンマーを結んでいたこの鉄道は、日本名は泰麺鉄道。
別名はDeath Railway (死の鉄道)とも呼ばれています。
日本軍1万2000人(不明)
連合国の捕虜6万2000人(1万2619人死亡)
募集で集まったタイ人数万(未知数)
ミャンマー人18万人(4万死亡)
マレーシア人(華人・印僑含む)8万人(4万2000死亡)
インドネシア人(華僑含む)4万5000人(不明)
食料不足からくる栄養失調とコレラやマラリアにかかって死者数が莫大な数(日本側とタイ・ミャンマー側の調査で食い違いが出るが、約半数と言われる)に上り、戦後に問題となった。
日本軍による虐待や残忍行為もたくさんあったそうです。
怪我をした人は麻酔なしでの手術か何もせず放置だったそうで、医療体制が整っていないまま危険な労働を強制したそうです。
行った日も墓地にはオーストラリア人の遺族が来ており、日本人としてとても肩身が狭く申し訳ない思いをしました。
日本は原爆や空襲の被害を語り継ぐことは毎年熱心ですが、加害の部分を語り継ぐことに対しては消極的だと感じるのは私だけでしょうか?
事実、これだけの死者を出しているこの鉄道を知っている日本人はほんの数パーセントでしょう。
悲惨な歴史はありましたが、日本軍がこんなに遠くまで遠征して鉄橋を作っていたと思うと昔はすごかったんだなーと思いました。
博物館の路線図や写真を見ると、日本語の看板の駅や日本の機関車が走っているので異様な光景でした。
クワイ川鉄橋は列車が来ない時は自由に歩いて渡れます。
線路の中央部は板があるので恐怖を感じませんが、線路の外側で足を踏み外したら10メートル下の川に転落します
たっぷり写真を撮って満足した所でタクシーでバンコクへ戻りました
夕方から市内の寺院を観光し、夜景を撮影しました。







そして前日のお気に入りのレストランへ


タイスキ、トムヤンクン、前日にとても気に入ったスパイシーサラダを注文しました。
お店の店員さんも覚えていてくれてました



夜は繁華街でお買いもの。
様々な光の模様が作れるレーザーを値切りまくって1400円で買いました
いろんなお店があるので買い物はすごく楽しいです。
そしてこの日は初めてのオイルマッサージに挑戦し、1時間1000円でやってもらいました。
とても気持ちよかったです
でも腰痛には効かないので、やはりタイ古式マッサージが一番ですね
後輩は別れたCAの彼女から電話がかかってきてました。
なんとなく彼女はよりを戻したいような感じでした
私も何度か会ったことがあり、とても綺麗な彼女なのですが、後輩は別れたいみたいで・・・・・・・贅沢な悩みです
また5日目も見に来てくださいね

コメント待ってます
























































めちゃうまです











