津波犠牲者のニュースを見た時に思わず涙が溢れました。




msn産経ニュースより引用

東日本大震災:2遺体発見…祖母、最後まで孫抱き 岩手

 津波で壊滅的な被害を受けた岩手県宮古市田老で14日、倒壊した家屋の中から祖母と孫で3歳の男の子の遺体が発見された。現地入りした記者は、その様子を見ていた。祖母は孫をしっかりと抱きしめたまま亡くなっており、最後まで孫を守り抜こうとしていた。

 倒壊した家屋は津波に押し流され、元の場所から数百メートル離れた場所で見つかった。線路が上にあった。家族や親類らは午前中から、がれきの撤去を始めたという。ブルドーザーや手作業で柱などを一つ一つ取り除いていった。電動ノコギリを使って、流れついた街路樹なども切った。

 2人が発見されたのは午後2時を過ぎてからだった。折り重なるように倒れており、祖母が孫を両手で抱きかかえていた。

 その瞬間、撤去作業の様子を食い入るように見つめていた20代の男児の母親はその場に崩れ落ち、家族や親類らと抱き合って号泣し続けた。

 母親は「おばあちゃんは私が仕事の時、いつも息子の面倒を見てくれていた。2人が一緒に見つかって本当に良かった」と涙をぬぐい「でもやっぱり死に顔は見られなかった。まだ生きていると信じている自分がいるから」と声を詰まらせた。【西嶋正法】








孫のアルバム胸に抱え…遺体で見つかった79歳
2011.3.15 20:41


 大震災発生から5日目の15日、遺体で見つかった岩手県大船渡市大船渡町野々田、浜田勝太郎さん(79)は、大切そうに胸にアルバムを抱いていた。縦約40センチ、横30センチの冊子の中には、ベビー服姿の孫をうれしそうに抱き上げるスナップ写真などが貼り付けられていた。

 津波で100メートル以上流された自宅の1階で見つかった。妻と2人暮らしだった。上の孫の紗帆里さんは中学2年生。下は小学4年生の光君だった。

 救助された妻によると、津波が自宅を襲った時、浜田さんも一緒に2階に逃げた。だが家族のアルバムを取りに1階に戻り、そのまま逃げ遅れたという。消防の捜索に立ち会った息子の会社員、浜田浩誠さん(48)は「本当に孫が好きだった。だけど、ばかなおやじです」と声を震わせた。


浜田勝太郎さんが遺体で見つかったとき、胸に抱いていた家族のアルバム=15日午後、岩手県大船渡市
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宮城・山元町

町内の幼稚園では、屋根に子供たちを避難させている最中に津波が来て、二十数人の園児のうち1人が死亡し、6人の行方が分からない。亡くなった園児を確認した園長は「私も子供のところに行きたい」と嗚咽(おえつ)を漏らしたという。





同じ年頃の子どもを持つ親としては身近に感じてしまい本当に悲しくなります。



犠牲者のご冥福をお祈りいたします。


去年の夏に三陸を一人旅した時の写真で、被災地の写真があるのでご紹介します。


三陸鉄道北リアス線 小本駅
この駅にも津波が来たそうです。
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久慈行き
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これから乗車する宮古行きがきました。
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龍泉洞で買った湧水
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地元の方々の無事を祈っております。
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宮古到着
津波が去った今はがれきの街と化しています。
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JR山田線
綺麗に手入れされた花壇も無残になっていることでしょう・・・・
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三陸鉄道宮古駅
三陸鉄道に頑張ってほしい思いを込めてここでたくさんお土産を買いました。
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山田線からの車窓
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この集落は今どうなっているのだろう。やはり津波が襲ったのだろうか。
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豊かな恵みを与えてくれて普段は穏やかな海があの日魔物に変身するとは・・・・・
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津波は3階の高さの堤防も軽々と乗り越えました。
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釜石駅
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テレビの映像を見るたびに悔しい思いになります。
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現在は津波が飲みこんだこの駅も廃墟と化しています。
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震災後に行方不明になったJRの列車がいくつかありましたが、全ての列車の乗客が避難して無事でした。

ホッとするニュースが舞い込んだ頃に、今度は三陸鉄道の南リアス線、釜石発盛行きの列車が吉浜→唐丹間を走行中に行方不明とのニュースが入ってきました。

今もまだ発見したニュースがありません。

どうか避難して無事でいてほしいと願っています。


三陸鉄道は赤字の会社で廃止の可能性も少なからずあった会社でした。

おそらく今回の地震で存亡の危機になっていることでしょう。




しかし、三陸鉄道のHPを見ると


大地震の影響により全線で運転を見合わせていましたが、
3月16日より陸中野田駅~久慈駅の間で復興支援列車を運転します。
安全運行のため列車の速度を落としての運転となりますので、ご了承ください。
なお、3月22日までは乗車運賃を無料といたします。
また、宮古駅~陸中野田駅の間は引続き運転を見合わせます。
ご不便をおかけして申し訳ございませんが、よろしくお願いします。

時刻表
久慈発陸中野田行
久慈発 8:00、12:00、16:00
陸中宇部発 8:20、12:20、16:20
陸中野田着 8:30、12:30、16:30

陸中野田発久慈行
陸中野田発 9:00、13:00、17:00
陸中宇部発 9:10、13:10、17:10
久慈着 9:30、13:30、17:30
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と力強い再起の出発メッセージが!!
津波の影響を受けなかった短い区間ではありますが、この混乱期に列車を走らせるなんてすごいパワーだと思います!!
思わず目頭が熱くなってしまいました。

何とか頑張って復活してほしい!そしてまたいつか必ず訪れます!!



頑張れ被災地!!
原発に頼ってきたしっぺ返しですね。

でも原発が復旧しなかった場合は何時まで続くんでしょうかね・・・・・これから暖かくなると冷蔵庫とか生ものや冷凍食品を入れることもできないですね。

真夏の一番電力需要があるときも続くとしたらかなりきついですガーン

この先日本はどうなってしまうのか汗


地震の津波があった宮古や釜石は去年の夏に旅したんですよね電車

ちょうどブログを書き始めた頃にいきました。


あの時見た三陸の車窓や、車内の人、駅の売店の人、街並み・・・・・・・・・全てが変わってしまったんだろうなしょぼん


被災地の街は災害を考えると住める状況にないでしょうし、赤字の三陸鉄道は復旧に莫大な金額がかかることを考えるとこのまま廃止になる可能性が高いでしょうし、テレビの光景をみると本当に悲しいです。

救助がなかなか進んでいないようですが一人でも多く助かってほしいです!


今日は会社に行くと地震の影響が思ったよりも出ていることがわかりました。
ターミナルに毛布がたくさん散乱していて、深夜に到着したお客さんが泊ったみたいですし、一部で機材損傷や施設損傷などがあってびっくりしました。

自然のエネルギーは凄いですね。




19日から嫁さんが実家に帰るのでどこか一人でぶらり旅に出ます飛行機



計画停電地域の皆様!明日から停電生活を頑張りましょう!!



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