獅子戦争の1年前、僕はガリランド王立仕官アカデミーで学んでいた。50年戦争が終結を迎えてからずいぶん経つが、戦争の傷跡はいまだにイヴァリースに生々しく残っており、殺人、強盗や窃盗の知らせを聞くのは珍しくなかった。とはいえ、貴族や騎士の家に生まれ育ち、士官学校に通う僕たちにとっては、そんな出来事はあまり関係なく、もっぱら学校の近くで起きた連続強盗殺人事件よりも、明日の兵法のテストで何が出題されるかが僕たちの関心事だった。

「やっべ!黒魔術の課題提出って、今日までだっけ?!ラムザちゃん、一生のお願い!課題見せて!!」

 代々モンクの家系に生まれ育ったカッツにとっては、明日の兵法のテストよりも、縁のない黒魔術の課題が関心事だったようだ。

「う、うん。構わないけど…」

「やったぜー!恩に着る!だからラムザちゃん大好き~!!」

 クラスメイトの頼みに渋々応じて、ノートを差し出そうとする僕とカッツの間に、強い口調の声が割って入った。

「ラムザ、やめておけよ。どうせ毎回やってこないで見せてもらうつもりなんだから。」

 声の主は、ディリータだった。ディリータは僕と同じ家で育ったのだが、両親を黒死病で亡くした孤児で、もともと貴族の生まれではない。そのせいか、学校でもあまり周囲の人間と打ち解けようとはしなかった。

「なんだよ、ディリータ。お前には関係ないだろ!」

「だいたい仕官候補生で毎回黒魔術が教わらないとわからないなんて、責任感足りなさ過ぎるんだ。こういう奴が戦場へ出て、舞台を全滅させるんだろうな。まったく、できの悪い士官を持つ部下がかわいそうだぜ。」

「なんだと!もう一回いってみろ!!」

ガラッ!!

カッツがディリータにつかみかかりそうになったそのとき、教室のドアが開いて上官が入ってきた。途端に二人も直立不動の体制になり、敬礼をする。

『サー・クロフォード!おはようございます!!』

1年かけて叩き込まれた、僕らの一糸乱れぬ挨拶に少し目をやると、クロフォードはどすの利いた、しかし教室の隅まで響く大きな声で言った。

「士官候補生の諸君、任務である!諸君らも知っているとは思うが、昨今、このガリオンヌの地には野蛮極まりない輩どもが急増している。中でも骸旅団(むくろりょだん)は王家に仇なす不忠の者ども。見過ごすことのできぬ盗賊どもだ。我々北天騎士団は、君命により骸旅団せん滅作戦を開始する。この作戦は大規模な作戦である。」

上官の言葉に、一瞬教室がざわめいた。

(まじかよ…骸旅団だってさ)

(昨夜もイグロース行きの馬車が襲撃されたらしいぜ)

(そんな奴らと戦って、大丈夫なのかな…)

騒然とする教室の声にまぎれて、隣席のディリータも僕の耳元でささやく。

「どうしたラムザ、顔色がよくないぞ。」

「これから何が始まるんだろう…知らないか、ディリータ?」

「いや、ただある程度の想像はつくがな。」

いぶかしがる僕に、ディリータは表情一つ変えずに前を見たまま続けた。

「ラーグ公やエルムドア卿がこの町へおいでになる。だがイヴァリースはどこもいま危険地帯だ。この片田舎の町も含めてな。にもかかわらず、すでに骸旅団殲滅計画に人手を割かれた北天騎士団の台所事情は火の車だ。」

「で、僕たち士官候補生ってわけか。」

「静まれッ!お前たちは北天騎士団なのだ。うろたえるな!!」

 上官の言葉に全員の姿勢が正される。それを一通り見渡すと、クロフォードは続けた。

「北天騎士団に限らず、イグーロス城に駐留するラーグ閣下の近衛騎士団など多くの騎士団が参加する作戦だ。諸君らの任務は後方支援である。具体的には、手薄となるイグーロスへ赴き、警備の任についてもらいたい。

 そして、何かを考えるかのように一度下を向いたクロフォードは、一度唇を強く結んで叫んだ。

士官候補生の諸君、装備を固め、剣を手にとるがいい!我々北天騎士団によって撃破された盗賊団の一味がこの町へ逃げ込もうとしているとの連絡を受けた。我々はこれより町に潜入する奴等の掃討を開始する! 諸君らも同行したまえ!これはせん滅作戦の前哨戦である! 以上だ! ただちに準備にかかれッ!!」


 僕はいつもより少し重く感じる剣を手に取り、鞘に収めた。その重みの正体が何なのかも知らぬまま。