マネーラウンジへようこそ。
当ラウンジマスターの
農家でファイナンシャルプランナーの
ゲンさんです。
当ラウンジでは、
資産運用や税金など
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当ラウンジでお金の感度を上げて
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最近の世の中、どちらを向いていも
”AI”という感じです。
アメリカの大手テック企業が、
相次いで人員削減をしています。
「AIが自分の職場を奪う」
が顕在化してきている中で、
出てきた「ブルーカラー・ビリオネラ」を
深掘ってみました。
AI時代、実は「汗をかく人」が最強になる?
世の中は「AIが仕事を奪う」
「ホワイトカラーの仕事が消える」
というニュースで持ちきりです。
デスクでパソコンを叩く仕事の未来が
不安視される一方で、実は今、世界では
「ブルーカラー・ビリオネラ」
と呼ばれる人たちが密かに
注目を集めているのをご存知でしょうか。
「ブルーカラー・ビリオネラ
(Blue-Collar Billionaire)」とは、
肉体労働や職人的な現場仕事に身を置きながら、
専門技術と経営戦略、
そして金融資産運用を掛け合わせ、
圧倒的な経済的自由を勝ち取った人たちのことを指します。
「ブルーカラー=低賃金」という古い常識は、
画一的な観念なのかもしれません。
なぜ今、彼らが「狙いどころ」なのか。
AI時代だからこそ価値が急上昇する
「現場の力」について、
一緒に深掘りしていきましょう。
AIがどうしても「埋められない」現場のリアリティ
AIは膨大なデータを分析するのは得意ですが、
「現場の微妙なニュアンス」
を察知して動くことは苦手。
例えば、私のライフワークでもある農業。
その日の土の湿り気、作物の色の変化、
突発的な天候の変化……
これらはマニュアル化や自動化が非常に困難な
「生きたデータ」です。
配管工事や電気設備の修理も同じ。
オフィスでAIが論理を組み立てても、
実際に現場で漏水を止め、
回路を繋ぐのは人間の「手」と「経験」です。
AIが普及すればするほど、
デジタルで代替できない
「物理的な専門性」を持つ人の希少価値は、
相対的に爆上がりします。
アメリカの事例に見る「現場×投資」の破壊力
アメリカでは、すでにこの傾向が出始めています。
現場のスペシャリストたちは、
高い技術料を稼ぎ出すだけでなく、
その利益を賢く資産運用に回すことで、
資産を雪だるま式に増やしています。
エレベーター技術者: 約1,590万円 〜 1,950万円
特殊溶接工: 約1,200万円 〜 2,250万円
配管工・電気技師: 約1,200万円 〜 2,250万円
彼らの多くが「学位」よりも
「資格と実戦経験」を武器にしていることです。
そして、雇われるだけでなく
「自分の会社、または個人事業主」を経営し、
AI技術を修理の効率化のために
積極的に導入することで、
さらに収益を最大化させています。
日本で「ブルーカラー・ビリオネラ」を目指すには
日本でも、このモデルは十分に可能です。
大切なのは、「労働」だけで終わらせないこと。
現場に「付加価値」を乗せる
ただ作業をするのではなく、
顧客の困りごとを技術で解決し、
信頼を資産に変える。
稼いだお金を「金融資産」に変える
現場での泥臭い努力で得たキャッシュを
NISAやiDeCo、株、ゴールドなどの
金融資産に投じる。
AIを「部下」として使う
面倒な事務作業はAIに任せ、
自分は「現場の質」を高めるという、
本来の人間にしかできない部分に精力を注ぐ。
マスター、FFP-ゲンさんの思うこと
AIが進化するほど、
「人間らしく、何ができるか」
を問われているような気がします。
デスクワークだけでは世の中は回りません。
現場のリアリティを知り、
自分の手で価値を生み出し、
同時に経済を俯瞰できる人こそが、
これからの時代の真の勝者になる様な一面は、
間違い無くあります。
マスターことゲンさんも、ブルーカラーにも
片足を突っ込んでいます。
「ビリオネラ(億万長者)」まではいきませんが、
自分の足を現場を磨き、
テクノロジーもそれなりに取り入れて
トータルで生まれる果実を育てています。
ホワイトカラー優勢の世の中ですが、
AIに代替されて、やっぱり最後は人の手、
現場を任される様な、
ブルーカラーの大切さを再認識される時代に
なっていくような気もします。
ちなみに我が家の三人の息子達
長男は公務員になりましたが、
次男と三男は、現場ののある仕事を
目指しています。
それはそれでOKと思っています。
今回は、ちょっとまとまりのない話に
なってしまいましたかねね??。
最後まで読んでいただき有難うございました。
「最後は人の手」
次の時代も、そうあってほしいですね。
またのお越しをお待ちしております。








