熊野本宮より飛来した光る珠。 玉置神社 玉石社の由来 ~ 【玉置山縁起】
吉野郡十津川村玉置山。
むかし、むかし。
崇神天皇の時代(崇神61年(紀元前37年))の頃です。
熊野から光り輝く三珠の玉が飛来しました。
なにごとかと、村人たちは、玉置山にかけつけました。
すると、木々の間に、まばゆいばかりの光を放つ玉がありました。
やがて光はおさまります。
その後、村人たちは、きっと熊野権現さまの子供だろうと信じ、崇拝するようになりました。
それがこの玉石社です。
木々の根に白い石をしきつめられ、奥にわずかばかりに顔をだした玉石。
社殿がなく、玉石がご神体とされています。
古代の信仰様式を残しており、玉置神社の基となったと伝えられています。
熊野本宮から飛来したところから、ここを熊野の奥の院とされました。
社伝の「玉置山縁起」よると熊野本宮とともに創建されたと伝えられています。
古来より十津川郷の鎮守でした。
>熊野三山 熊野紀行2010「死と再生。月と山と海と。食べて呑んで祈って、パワースポット」
>「夢と祈りと願いと誓うこと~パワースポットツアー玉置神 」
むかし、むかし。
崇神天皇の時代(崇神61年(紀元前37年))の頃です。
熊野から光り輝く三珠の玉が飛来しました。
なにごとかと、村人たちは、玉置山にかけつけました。
すると、木々の間に、まばゆいばかりの光を放つ玉がありました。
やがて光はおさまります。
その後、村人たちは、きっと熊野権現さまの子供だろうと信じ、崇拝するようになりました。
それがこの玉石社です。
木々の根に白い石をしきつめられ、奥にわずかばかりに顔をだした玉石。
社殿がなく、玉石がご神体とされています。
古代の信仰様式を残しており、玉置神社の基となったと伝えられています。
熊野本宮から飛来したところから、ここを熊野の奥の院とされました。
社伝の「玉置山縁起」よると熊野本宮とともに創建されたと伝えられています。
古来より十津川郷の鎮守でした。
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