書くことにした以前の闘病日記。
ただいまずーっと止まっております。



なぜなら…
入院中に飲んでた抗ガン剤の名前をぜっんぜん思い出せなくて…(←入院中と退院後の抗ガン剤の種類が違ってて、1年間飲んでた方はしっかり覚えてるんだけどね)



歳をとるとこうやっていろいろなことをすぐ忘れてしまってなかなか思い出せません



実家に入院当時の書類などは全部置いてるので、行った時に持ってきたらまた続き書こうと思ってます‼︎




って、実家にはしょっちゅう行ってるのに、
これまた書類を持って来るのをいつも忘れてるだけなんだけどさ



今週木曜日は3ヶ月ぶりの通院日です。
前回より体重が2kg減ったからきっと怒られるだろうなぁ
2015年4月18日(土)
週明けからに決まった抗がん剤開始の前に、週末は外泊許可が出た。



実家の両親が迎えに来てくれて、まず向かったのは『しまむら』(笑)
この時点で、1番太ってた時点から15kg痩せていたので、とにかく服が全部ぶかぶかで…
とりあえず、ジーンズ・スカート・ワンピ・Tシャツ3枚…など買ってもらった。(←ええ、買ったのではなく買ってもらった笑)

今までは『あなたはわたししかいないわよ』と服の方に選ばれてたわたし(笑)
久々にわたしが服を選んで買えましたʬʬʬ



そのあと食材を買出しに行き、家へと送ってもらった。
土日の献立は子供たちのリクエストに答えて、オムライスやブリの照り焼き・豚肉と野菜の重ね蒸し、茶碗蒸しに餃子…と和洋折衷関係なしに久しぶりにいろいろ作った。

病院に戻っても義母を少しでも楽にさせてあげようと、鶏ハムやおでん、生姜焼きや唐揚げを焼くだけ揚げるだけに漬け込んだりと、時間のある限り料理と掃除をした。



外泊した夜は数年ぶりに次男と同じ部屋に寝た。
新学年が始まった2日後からわたしが入院してしまったので、新しいクラスや担任の先生・部活の新入部員の事や、わたしが入院してからの家の事などを話しながら2人で夜更かしした。



1泊2日はあっとゆう間で、夕飯まで済ませてから日曜日の19時に病院に戻った。
わたしの病気がわかったのは1年半ほど前。
手術をしたのは1年3ヶ月ほど前。


病気がわかる前に10kgほど痩せて、
わかってからも5kgほど痩せて、
手術するとほぼ決まっていたからもっと痩せると言われていた。

6月末に手術をしたが、その間何度か外泊で家や実家に帰った際に、次男の野球の試合を見に行ったり、ちょっと買い物に行ったりと出歩いて人と会うこともあったが、とにかく病気のことをひた隠しに隠し通そうとした。

もちろん、急激にこれだけ痩せたので、みんなただごとではないと思ってらしたよう。
でも、わたしは当時中学3年生だった次男にまだ病名を言ってなかったので、次男の高校受験が終わるまではどうにか隠し通したかったのです。
おかげで、次男は受験が終わるまですっかり『胃潰瘍』と信じきっていました。



長くなりましたが、なぜ今更病気のことを書き残すことにしたのか。

1番のきっかけは小林麻央さんのブログでした。

癌の影に隠れないで

この言葉はとても心に響きました。



そう、
わたしはなにも悪いことをしてるわけじゃない。
わたしは隠れて生きていくようなことはしていない。
それどころか、なかなかきつい・苦しい・辛い治療もやってきたし、いろんな副作用とも付き合ってきたし、今も抗がん剤の副作用の名残や胃全摘の影響による体調の変化に苦しんだりしながらもそれなりに頑張ってる。

こんな経験、誰もかできることではない。
ならば、ちゃんと記憶を記録として残しておこうかなと思いました。



そして、もしかしたら誰かの目に止まって、
何か思ったり、
考えたり、
共感してくださったり、
もちろん反論してくださったりと、
何かを誰かをいろんなことを思うきっかけになったりするといいなーと思ってます。



ガンってね、ほんと怖いですよね。
わたしもなる前は、なったらきっと怖くて生きた心地がしないだろうなとおもってました。
でもね、なってみるとそこまで怖くもないです。
え?どっちやねん(笑)

自分でもよくわからないし、うまく説明できないし、何の根拠もないけど、
なったらなったで、なんかうまく付き合っていけそうな気がするんです。

わたしにもいつかは死が訪れるだろうけど、癌で死ぬ気がしないのです。
はい、何の根拠もないですけどね(笑)



そんなこんなで、
ガン宣告から1年半、
胃全摘から1年3ヶ月、
離婚から半年、
抗がん剤治療終了から2ヶ月ちょっと経った現在、
わたしはまあまあ元気に過ごしています!!




また闘病日直の続きもボチボチ書いていきます。