自分にとってためになるコラムがありましたので、

自戒をこめて、ご紹介します。


遅刻したり欠席したりするとき、

または断ったりするとき、

人には理由があります。

「忙しいから」

「別の予定があるから」

「都合が悪いから」 etc

しかし、これらの言葉は発信者にとって、

都合の良い言葉に過ぎません。

スケジュール管理が出来ていたり、

努力していれば防げたこともあるでしょう。

これらの言葉を聞いた相手側は、

あたかも不可抗力で、

仕方のなかったことのように捉えられます。

どうしても免れないことも中にはあります。

しかし、『自分に都合の良い言葉』で免れようとすることは、

自分にとって成長になりません。


私は学校にて仕事をしています。

公共機関の遅延証明書があれば、

遅刻を無効にすることが学則であります。

授業に遅刻してきた学生が悪びれもなく、

遅延証明書を出す光景があります。

『遅刻したのは電車のせい、

私は定刻通りに出たから悪くない。』

そう言わんばかりの表情です。

電車が遅れることはよくあること、

それを回避する努力をしているか、

していないかは大きな違い。

遅刻して教室に入る表情1つも大きく違います。

駅から急いでダッシュしてきた子と、

平然と音楽聞きながらゆっくり歩いてくる子。

教室に入る時に、

「すみませんでした!」

が言える子、言えない子。

事前に連絡できる子、出来ない子。

『遅刻』だけど、両者の習慣は大きく違い、

両者の成長も大きく違います。

後者は社会で通じないでしょう。

学校の授業に遅れてきたことには変わりないから。

自分に都合の良い言い訳をしても、

見る人が見れば分かります。

「この人は、他人のせいにするんだな。」

か、

「この人は、自分でしっかり責任を取ろうとしているんだ。」

または、

「この人は、努力して回避しようと努力しているんだ。」

と大きく変わってきます。

これでは、人付き合いも信頼関係も大きく変わるでしょう。

対外的な部分では言及しないとしても、

自分自身が良い方向に成長するためには、

自分が変わらなければ変わりませんね。

これは親という立場で、

子供の前でも同様だと思います。

都合の良いことを言えど、

子供の純粋な心は必ず気付くでしょう。

特に子供は親の表情や行動を良く見ています。

今一度、自分も気をつけようと思います。