今日は、本来は登山だったところ、五竜岳を登れずで昨日引き返してきたので、一日休暇。時間があるのでもう一枚投稿。

私が会社に入って10年目に「企画部門」というところに配属されたときに買った本の紹介です。

企画部門に配属される前は技術の仕事ばかりしてて、仕事で物事を通していくのも、技術力や腕力や根気で何とかできていたので、それよりも前に本店に勤務したときの挫折(仕事ができなかったというよりは、セクショナリズムと年齢至上主義、権威主義的な職場風土に疲れ果てた)はあったものの、なんとかこの会社でやっていけるかなと思ったところで、もう一度本店の企画部門に配属になりました。

ここで苦しんだのは、二点で、一つは仕事の視野の広さ。ここにくるまでわが社の人間が何人いて、それぞれどんな部門があって、どんな仕事やっているのか全く興味ありませんでしたが、この部門で私が仰せつかった仕事は、全部門に年度計画を作ってもらうという仕事。隣の席の方が全社経営計画を作り、わたしがその計画を全部門の年度計画に落とし込んで頂く仕事をやっていました。ここで大事なのが、皆さんの仕事がなにやっているのか細部まで理解することで、これが非常に大変でした。皆さんのところに頻繁に足を運び、顔を覚えてもらいながら仕事のことを聞いて、覚えてを繰り返しました。今でこそ、恐らく私のいる部門の中でも、各部門の業務や各部門の人の顔をそれなりに知っている数少ない人材になったかなと思いますが、とにかく勉強の日々でした。

もう一つ辛かったのが、タイトルと関係ある、プレゼンテーション、というよりも、人に物を伝えるということ。ただでさえ技術バカが企画に配属されて、営業がなにやっているのか、何をやってもらう必要があるのかグループ内で説明しても説得力がないのに加え、この部門の人は、客観性をとにかく大事にします。これに気づくのに少し時間がかかり、上司にも非常に厳しく指導をいただきました。傍から私が指導を受けてるのを見て、あいつは壊れるんではないかと言われ、母体の部門の部長も一度顔を見に来られたくらい、苦しみました。その中で上司から紹介されたのが、タイトルに書いてある本。これ以外にも、経営学の本やら経営者の本やら、私の会社の事業の本やら、当時は経理のIFRSの導入検討も仰せつかっていたので、IFRSをはじめとした経理の本やら、山のように本を買い、読みましたが、この本は本当に私の説明力の向上に役立ちました。主観と客観の違いというのをこの本で学んだように思います。説明力と物事の分析は表裏一体であり、その後も、仕事で相当苦しみましたが、外の部門で学んだ一番のことは、人に物を伝える技術だと思います。東日本大震災と福島第一原子力発電所事故が起こったのは企画在席一年目で、あの日を境に、私の会社の環境は大きく変わりました。
まだ、あの日以降の苦しみから会社は立ち直れていなくて、企画という仕事の無力さも当時は感じて、自分の気持ちもまだ本当に立ち直れていないような気がします。

でも、今、若い社員が自分が作った方針を通したいと一生懸命ぶつかってくるのを見て、この会社もまだまだ熱いなぁと感じながら、社員の方針を見てあげて、方針の良さと悪さを指摘してあげて、それでもその社員が腑に落ちてない顔をしてたら、この本を買って読んでみなさいとたまに薦めます。

あと、本店企画にいたときの上司は本当に厳しい人で、客観性を重んじて、自らの考えを最後の最後まで見せなくて、それなのに私の仕事を非難して、本当に感情的になるばかりでしたが、自分にできないと思ったのが、私のいないところで、私のことを非難することは一切されていなかったことです。これは母体からも他の色んな所からも聞いた話ですが、褒めこそすれ、非難や駄目なところをあげつらうことはなかったということです。この話を聞いて、後に第一線職場の課長になったとき、この精神で職場の部下の良さを他の課に伝えるように努めました。本当にできたかどうかわかりませんが。愚痴って、どうしても出てしまうのですが、自分と同列の人間や上司の批評をしてもいいと思うのですが、部下だけはNGと今も心にしています。壁にどこに耳があるかわかりませんし、いいところって、それを言おうとすると、どんなに個性的な仕事をしている人でも、結構あることに気づきます。いくらでも褒められることに気づくと、自分は、部下に支えられて初めて立っていられると感じます。そんな気持ちにさせていただいた当時の上司には感謝したいと思います。ぃだに顔合わせるだけで怖いですけどね。この上司も、当時他部門に話を聞きに行った窓口の皆さんも、もう部長やその上になられて、偉くなられたと思うとともに、あの頃から時間が経ったなあとも思います。

最後に、本の紹介をあまりしてなかったので、少しだけ。この本に書いてある「本当か」と「それだけか」の自問自答こそが、仕事をするということそのものと思います。