今日は全国的に月曜日。
予想はしていたが、本日もコロナ検査や発熱受診希望の電話が
ジャンジャンバリバリ事務所に鳴り響く
電話対応に追われながら自分が考えていたことは
「今日のブログではどの台について書こうかしら」
(↑↑↑仕事に集中しろ
)
…ということで、
パチンコパチスロヒストリーの栄えある2番台はこちら


マルホンの「スーパーランド」

注:さすがに画像は個人所有のものがないので
某所から拝借させていただきました。
自分がパチンコデビューを果たした近所のマイホP店、
パチンココーナーの一番端っ側に一発台のシマがありまして、
そのシマにあった2機種のうち、
ひとつが太陽電子の「ワイワイワイ」で、
もう一つがこの「スーパーランド」だったんだけど、
この一発台コーナーだけは、
ほかのデジパチコーナー等とは一線を画し
一種異様な雰囲気が漂っていたのを
好青年崩れの大学生はヒシヒシと感じ取りました。
まあひとことで言うと「鉄火場」
なんせ1回大当たりで8,000発ですからね。
このマイホP店は2.5円交換でしたけど、
それでも大当たりを引くと一撃2万円
当時、松山市内は等価交換店も結構多くて
そんな店だと一撃なんと3万円超え
問答無用の、
七転八倒の、
祇園精舎?の、
泣く子も黙る大人のギャンブル場がそこにはありましたとさ。
ゲーム性などは
こちらのyoutubeがとてもわかりやすいのでどうぞ

そして、好青年崩れの大学生も
なけなしのバイト代を握りしめ
ドキドキしながら鉄火場のシマに潜入しましたが…、
このマルホン独特のデカデジタルとサウンドに
完全に魅了されてしまい、
バイト代を容赦なく吸い取っていきよりました
大当たりした記憶が2~3回しか残っておりません…。
そして、この年になっても忘れられない悲劇が
自分を襲います


当時のパチンカーならお分かりでしょうが
あの頃はお札を両替機で500円硬貨に変身させ、
500円タワーを手元に作りながら遊技に勤しむのですが、
バイト代を取り戻すべく必死になっていた私は
リーチの挙動時に「大当たりへの祈り」に夢中
その必死の祈りが天に届いたのか、
テケテケテンテンテンテンテンテン
テケテケテンテンテーン
と大当たりの効果音に昇天
…しかし、
上皿に銀玉が残っていないことにハッと気づきます
そう、デジタル下部にある権利獲得のチューリップが
約5秒間開放するのですが、
ここに玉が入らないと大当たりの権利は消滅、
いわゆる「パンク」ですね。
大急ぎで500円玉を投入して打ち出すも
チューリップさんは拾っていただけず
もぅ茫然自失というかなんというか…
完全に矢吹丈の無表情バージョンですわ。
「もう無理。トイレ行って家に帰ろう。」
用を足して帰るとき、
ちょこっと横目に鉄火場のシマを見たらば、
…なんと、私がパンクさせた台が
大音量とともにピカピカと輝いてるではありませんか
「えっ、まじで!さっきあの台で俺パンクしたんやけど」
近くの店員に恨みがましく告げたところ、
「ああ、この台パンクした後は
直後によく当たることが多いんやわ。
即ヤメしたらあかんでー」

…店員さん、ご教示まことにありがとうございました。
まあ言うなれば1ラウンドに2回KOを喰らった
ボクサーのごとく、
その日はどうやって家路についたか記憶にございません。
今でも私にとって2万円は大金ですが
当時大学生の私にとっての2万円は推して知るべし…
こうやって、純粋な好青年崩れは
大人の階段を一歩ずつ上っていくんです(by H2O)。
…ああ、もう一度スーパーランドに会いたいわあ