みなさんこんにちは。
ご存知の通り、最近(10月24日より)外部指導先の高校生にようやく今まで行っていたメンタルト的に指導にプラスして技術指導をし始めたわけなのですが、指導のペースについて最近迷っています。
俺が外部指導先に行けるのは週2~3回。
木曜日と土日の練習がある日。1週間で7時間~12時間程度。
今週は試合なので軽く15時間ですが。
自分が登録しているリーグが終わり、残すところは12月のトーナメント戦のみとなったので練習に顔を出せるようになったのです。
そこで、最近の練習は10月は24日25日(MTG)26日31日、11月は2日7日に行きました。
いずれも練習を止めての全体に向けての技術指導を行っています。
少しその概要を。
24日 スパイク時に肩が下がらない方法(肩甲骨の動きから分析)
スパイクを狙った方向に打つ方法
スパイクを打つ時に一番力が入る打点の位置と、その見つけ方。
セッターには二段トス時における足の使い方
25日 ワールドカフェや総当たりシェアなどを駆使して1人1人の声を全体に届ける作業。テーマは事前に俺が用意したものと、雰囲気から読み取って当日準備したもので決行。
26日 レシーブ時の手の組むタイミングと脚の動作の関係
31日 チャンス処理、キャッチ、ディグにおけるレシーブ面の角度(高さなど二次元的なレベル)の違い。
セッターへの面のむけ方。セッターの方向を向いているのにセッター方向へボールが向かない理由など。三次元的なレベルでの分析。
11月
2日 ディグにおける重心位置の設定方法。一歩目の出し方という観点から。
フォーメーションの組み方の指導。
7日 レシーブ時のボールコントロール(方向)の仕方。
明日は行けるかどうか、まだ定かではないが、大学バレーボールをサーブだけで生き抜いてきた俺が思うサーブの極意(考え方や理想とされるコース、レシーバーとの駆け引き。もちろん技術的なことも)を指導しようかなと考えている。
という感じなんだが、教えすぎではないかと思う。
行くたびにあれやこれやと指導をしている。
けど、選手にとってそれは週に2回程度の出来事で、毎日あれやこれやとなっているわけではない。それに、まだ個人指導に関してはほとんどやっていない。
俺の想いとしては、週に二回程度、今までのバレー観をぶち壊すようなレベルの技術指導を受け、1週間みんなで悩んで悩んで次、俺が来る日を迎えるっという感じである。
少なくとも俺が指導した日はみんなで俺が教えたこと、例えばレシーブの重心位置についてのレクチャーをした日は全員どこかレシーブの構えがぎこちない。
技術指導の後はペアでのシンキングタイムか、それを実践できるような練習を設定しているかいあってか、その練習後もペアになって確認するやつもいるぐらいだ。
今日なんかは「レシーブの方向を決定づける要因はなんだ。」という問いに対しての答えが出てこなかったから5分間解散して、各自で実践したり話したりしながら「肩の骨かな?手首かな?(いずれも違いますが・・・。)」と言いながら結局10分間も俺を放置して解散していましたから。
そのあとに行ったサーブカットの練習では個々に意識して行えていたと客観的にみてもそう思えた。
問題はそのあとなんだ。
俺は練習後ミーティングでは必ず復習をするように促している。
それがどこまで浸透しているかは知らないし確認は取らないが、少し心配ではある。
けど、俺は俺が受け持つ選手ならきっと吸収しようとやってくれているはずだし、それをいつかプレーで証明してくれると信じている。
信じているからこそ毎回俺の頭をフル回転させての技術指導が成り立つ。
俺は選手によくこう言う。
「新しい技術を試して、試す前よりプレーが悪くなったのは退化ではない。前進だ。新しいものを取り入れたら天才じゃない限り、それに適応できない部品がでてきて失敗するにきまっている。そのプレーをモノにしたければ、適応できなかった備品をみつけてそれにアプローチをしろ。みつけるだけの分析力がないなら、成功するまで失敗しろ。成長は失敗から成功までの道のりの中にしか存在しない。」
と。
特に今はオフシーズン。
たくさんの失敗をして、それに耐えるだけの精神力がないチームに未来はない。
しかし、失敗だけではチームにどんよりとした空気が蔓延してしまうのが高校生レベルの部活動の特徴でもある。
そこのリスクマネジメントをしっかりやりつつ、たくさんの失敗をさせたい。
だからたくさんのことを提供し、壁を作っている。
それが正解か不正解かは来年度の総体で選手が答えを出してくれる。
教えすぎなのかはその時振り返って吟味するとしよう。
今週末は技術指導が始まって以来の実戦だ。
この実践が終わったら選手には科学的な筋トレを教えるつもりである。
スポーツ科の学生が考えるトレーニングはいったいどこまで通用するのか。
筋トレはまた別の楽しみであるが、本当にこの先が楽しみで仕方がない。
さぁ、がんばろう。