Kenichiのブログ

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先ほど入力を間違えたので、あらためて〜。
https://youtu.be/5TEtoEhrAQg?si=s5e2-fn_vX2dRFJB


私たちは隠すものなんかない
私を家に連れて帰って
世界なんか置いといて
こんなことは二度とあってはいけない
私はまだ10月の雨に濡れたまま

エデン・ゴラン『10月の雨』の英語歌詞から和訳

これは先日、イスラエルのテルアビブでガザの人質帰還を求める集会で歌われた様子です。
もちろん「10月の雨」というのは、去年ハマスが起こしたテロを指すんですね。

イスラエル軍がいまガザでやってる報復攻撃は明らかにやり過ぎだし、本当に一刻も早く停めさせなくてはいけないと心が傷みます。
でも一方で10月のあの日に起きた大規模テロで亡くなった人たちを悼む気持ち、人質になった者たちの家族知人が早い帰還を望む気持ちも当然ですよね。
それはちょうど、今世紀初頭にアメリカ軍がアフガンやイラクでやった軍事行動は明らかにやり過ぎ(イラクに至ってはお門違い)だったけど、そのきっかけになったアメリカ航空機同時多発テロの犠牲者を悼む気持ちにも、心を寄せたいのと同じ。

でも実はこの曲、今月あったユーロビジョン(ヨーロッパ最大の歌謡祭らしい)で歌われるにあたって、かなりもめたみたいです。
主催者側が政治を持ち込むことに難色を示し、エデン・ゴランの出場も危うくなったとか。
やむを得ずエデン側は、タイトルを『ハリケーン』に変え、歌詞の内容も個人的な台風被害経験に聞こえるようにかなり改変したらしい。
韓国版Wikiに両パターン(ヘブライ語部分の英訳も含め)が比較されていました。


まあ日本で例えるなら、幕末川柳で黒船来航の話をお茶の歌にとれるような工夫みたいなことでしょうか。
(泰平の眠りを覚ます上喜撰
だった四はいで夜も寝られず)

スクショを丁寧に見ていただければ判ると思いますが、深い哀しみを湛える歌詞は、けしてその後の報復攻撃を正当化するようなものではありません。
むしろ聴きようによっては自軍の報復にも否定的というか、距離を置こうとしてる感じ。
冒頭に紹介した和訳も、そうですよね。
でも引用部分の「私たち」(We)は「私」( I )に変えてハリケーン被害の話になってしまうのは、なんとも象徴的な改変です。
日本でもかつて音楽フェスで「政治を音楽に持ち込むな」みたいな話が出たときに、「海外では政治を歌うのも当たり前」なんて言われましたが、実際にはケースバイケースなんでしょうかね。

とんでもない軍事行動を展開するイスラエルから歌手がユーロビジョンに出場することへの抗議運動なんかもあったようですが、主催者側としてはあくまで「政治を持ち込むな」のスタンスだったらしい。
ということは、仮にパレスチナ側からガザの現状を嘆く曲が歌われてもアウトということなのか?
いやまあそもそもパレスチナの歌手は「ユーロ」扱いされてないわけですが、図らずも両者の文化的断層が露わになっています。

戦争というものは、一度始まってしまうと互いの憎しみ哀しみが煽られがちですよね。
日本でも80年前にアメリカ軍B29の来襲を憎むとき、自国軍が中国大陸などでやってきた大量の殺戮行為を連想した人は稀だったと思います。
エデン・ゴランというこの若い歌手は、その稀な感性に分け入ろうとしてるように聞こえるのですが…。

#EdenGolan
#OctoberRain