どうも。今回は10年前のマンチェスターシティについて振り返りたいと思います。理由としては、私はシティのファンであり、このシーズンが個人的に一番印象に残っているからです。そしてそのシーズンからちょうど10年が経ちましたので、記念に記事にしたいと思った次第です。せっかくなので、個人的にあまり印象に残っていない選手や、試合にあまり出ていなかった選手も含め、全選手について振り返ります。マンチェスターシティのファンの方には特に読んでいただけたら嬉しいです。
今回は文章の量が膨大であるため、まるで卒論のようになってしまっていること(書いたことないけどね)、一部の人しか楽しめない記事になっていることを先に謝っておきます。よろしくお願いします。
なお、ポジション別に分けており、順番は背番号順になっております。
マンチェスターシティ 13/14シーズン
GK
名前:リチャード・ライト
背番号:29
プレミアでもちょっと珍しい身長が2mを超えている長身ゴールキーパー。控えのプレーヤーだったが、正ゴールキーパーのハートが低調だった時期に出場機会を得る。背のでかさから、ピッチの上でなかなか迫力があったが、肝心のプレーはどうだったかと言えば、やはり正ゴールキーパーになるための能力は足りなかったか。見た目通りと言えばそれまでだが、低いシュートに対して極端に弱かった。だからと言って、ハイボールに対して強かったかと言われればそうでもなかった。16節のアーセナル戦での3失点をきっかけに再び控えとなった。しかし、カップ戦ではスタメンとして活躍し。キャピタルワンカップ(現カラバオカップ)優勝に貢献した。そして間接的にハートの復調に貢献したという意味でも、彼の貢献度は決して小さくはない。ちなみに足元は意外とうまかった場面があったことを覚えている。シーズン終了後に退団。
出場数:リーグ戦 2試合 (公式戦10試合)
得点:0
アシスト:リーグ戦0 (公式戦2アシスト)
シティの下部組織出身で、その中でもトップチームに定着し、そこそこの成功を収めていたが、このシーズンは完全に失敗に終わった。上半身の筋肉をつけすぎたのが原因なのか、筋肉系のトラブルを繰り返し、チームにほとんど貢献できず。復帰してもサバレタというライバルの存在が大きく、試合に出るチャンスはもらえなかった。このシーズンから彼のキャリアは下降の一途を辿り、再び輝きを見せることはなかった。シーズン終了後に退団。
出場数:リーグ戦 28試合 (公式戦37試合)
得点:リーグ戦 4得点 (公式戦5得点)
アシスト:リーグ戦 1アシスト
シティのレジェンドであり、このシーズンのキャプテン。未だにシティのキャプテンといえばこの人が一番に浮かぶ人が多いのではないだろうか。このシーズンも例によって怪我の多かったコンパニだが、試合に出れば常に圧巻のパフォーマンスを見せていた。一対一ではほぼ負けず、空中戦も強く、タックルは正確かつ強烈。怪我が多い以外にほぼ弱点のないプレーヤーだった。このシーズンのシティのセンターバックは、正直言ってそれほど質が高いとは言えなかったが、彼さえいれば相方がどのような選手でも比較的安定していたのもなかなか相手からすれば脅威だったはずだ。空中戦の強さを活かし、セットプレーでは得点源となり、リーグ戦では4ゴールを記録した。ピッチ内外でリーダーシップを発揮し、常に先頭に立って、チームの勝利に貢献した。完全無欠に見えるが実はそういうわけでもなく、怪我が多いことの他に、17節のフルハム戦のオウンゴールや、34節のリバプール戦では敗戦に繋がる痛恨のミスを犯すなど、時々信じられないミスをすることもあった。そのギャップもなかなかよかった。
出場数:リーグ戦 35試合 (公式戦48試合)
得点:0
アシスト:リーグ戦6アシスト (公式戦7アシスト)
12/13シーズンにファンからチームの年間最優秀選手に選ばれ、チームの不動の右サイドバックとなった。同じポジションのリチャーズがほとんど戦力にならなかったこともあり、彼の負担は大きかったが、ほとんど怪我で離脱することなく、序盤から終盤までフル稼働した。斜めに走るオーバーラップで攻撃面で貢献し、守備ではおそらくチームで一番ユニフォームが汚れていたのは彼ではないかというほど、常に体を張って相手の突破を防いでいた。出場時間がチームの中でもかなり長い方だったが、怪我はほぼなく、プレーの質も落ちることはなかった。常にチームのために全力で戦っていた姿は、多くのシティファンの心を掴んでいたはずだ。
出場数:リーグ戦 10試合 (公式戦24試合)
得点:0
アシスト:0
実績十分のベテラン。が、このシーズンから明らかに衰えが隠せなくなった。一対一では軽く揺さぶられ、簡単に置いていかれるシーンが何度もあり、チャンピオンズリーグのバルサ戦(セカンドレグ)では最低のパフォーマンスを見せてしまった。次第に出番を減らし、シーズン終盤にはほとんど出番をもらえなくなった。ただし、カップ戦や、相手が格下の場合では起用されていたため、彼自身の勝率は75%と、かなり高かった。シーズン終了後に退団。
出場数:リーグ戦 30試合 (公式戦44試合)
得点:リーグ戦1得点 (公式戦4得点)
アシスト:リーグ戦7アシスト (公式戦9アシスト)
セルビアのロベルト・カルロスという異名をもつ左サイドバック。強烈なミドルシュートや正確かつ速い低弾道クロスでチームに貢献し、シーズン早々にペジェグリーニ監督の信頼を得ることに成功。これまでは控えにいる時間が長かったが、このシーズンは主役の一人になった。攻めている時間が長かったシティにとって、彼のような攻撃的なサイドバックは理想的だったと言える。積極的に攻撃参加を繰り返し、スルスルと潜り抜けるようなグラウンダーのクロスでアシストを量産した。守備ではやや不安定な面があり、ビッグゲームなどではベンチに座ることも多かったが、試合に出れば常に攻撃に絡んでいたと言っても過言ではない。20節のスウォンジー戦では右足で強烈なシュートを叩き込むなど、意外と逆足もうまい。
出場数:リーグ戦 20試合 (公式戦31試合)
得点:0
アシスト:リーグ戦0アシスト (公式戦1アシスト)
序盤に怪我で数試合離脱している間に、同じポジションであるコラロフにアピールを許し、例年と比べると控えにいる時間が増えた。それでも、ビッグゲームでは安定性を求められることもあり、そういったゲームではクリシーが優先的に起用されていた印象だ。アシストがリーグ戦では一つもなかったのが少し残念ではあったが、豊富な運動量や守備能力はコラロフを上まっており、別の良さでチームに貢献した。サバレタとリチャーズが不在の時には右サイドバックとしてもプレーした。小ネタだが、彼は左利きであるが、生まれつきは右利きである。少年時代に左利きに矯正したようだ。ちなみに彼がシティ時代に記録した3ゴールは、全て右足である。
出場数:リーグ戦 27試合 (公式戦35試合)
得点:リーグ戦2得点
アシスト:リーグ戦1アシスト
マラガ時代にペジェグリーニ監督と師弟関係にあったことから、ペジェグリーニ監督が獲得を希望したベテラン。プレミアリーグは初挑戦であったこともあり、序盤はなかなか安定しなかった。コンパニの存在のおかげで、守備が崩壊することなどはなかったが、スピード勝負で勝てず、ミスも少なくなかったこともあり、ファンから批判に晒された。他に起用できる選手がいなかったこともあったかもしれないが、それでもペジェグリーニ監督は起用をし続けた。しかし、シーズン中盤まで中々パフォーマンスが上がらず、ついにはペジェグリーニ監督と愛人関係ではないかと言い始める輩も出てきた。だが、徐々にプレミアとチームのサッカーに馴染み出すと、パフォーマンスが向上。シーズン終盤にはいなくてはならない存在にまで成長した。怪我の離脱が少なかったことも◎。
出場数:リーグ戦 13試合 (公式戦20試合)
得点:0
アシスト:0
間違いなく将来成功すると思われた若手センターバック。19歳の時にシティに加入し、加入直後から若手とは思えないほど堂々とプレーをしていた。足元の技術がかなり高かった印象。このシーズンも序盤からスタメン起用が続き、マンチェスターダービーでもスタメン出場し、勝利に貢献するなど、コンパニに次ぐ二番手としての立場を20歳で確立していた。このままシティの未来を支える存在になると思われたが、怪我が彼のシーズンを台無しにした。膝の怪我でシーズン中盤から終盤は全休し、結局リーグ戦の出場は13試合と、少し寂しい数字で終わった。実力は間違いなく高いものを持っていただけに非常に残念である。彼はその後も怪我に苦しみ、シティで成功を収めることはなかった。
出場数:リーグ戦 1試合 (公式戦6試合)
得点:0
アシスト:0
センターバックとしては5番手であり、出番を得ることは難しく、サバレタとリチャーズが不在時に右サイドバックとして出場した。カップ戦では起用されていたが、最後までペジェグリーニ監督から信頼を得ることはなかった。
MF
出場数:リーグ戦 31試合 (公式戦44試合)
得点:リーグ戦1得点 (公式戦2得点)
アシスト:リーグ戦4アシスト (公式戦11アシスト)
出場数:リーグ戦 34試合 (公式戦46試合)
得点:リーグ戦7得点 (公式戦11得点)
アシスト:リーグ戦7アシスト (公式戦10アシスト)
性格、素行が悪いことで有名。そんな背景があってか、アンチも少なくない。しかし、個人的には天才だと思っている。ボールコントロールの技術が抜群にうまく、滅多にボールを失うことはない。スピードはあまりないため、ドリブルなどは非常にゆったりとしているが、時間とスペースがあれば、何かしらの仕事をやってのける。シュートとみせかけてパス、切り返してから逆足でシュート、もしくはそこからクロスやパスなど、武器が多彩で、相手からすればかなり対応しづらい選手だったに違いない。このシーズンからシュート能力に磨きがかかり、ミドルシュートからのゴールを量産。キャピタルワンカップ決勝、リーグ戦最終節のウェストハム戦など、点が一番欲しい時にゴールを取ってくれるなど、とにかく頼りになった。シーズン序盤こそベンチスタートもあったが、途中から完全に替えの利かない選手となった。しかし、これだけの活躍を見せても、ワールドカップのメンバーから落選してしまった。これに対し、当時のナスリのガールフレンドが公の場で代表監督を誹謗中傷するなど、物議を醸した。この騒動の直後、フランス代表を引退した。
出場数:リーグ戦 29試合 (公式戦43試合)
得点:0
アシスト:0
「試合中にロングパスどころかロブパスすら一本も出してなくね?」というほど、ほとんど攻撃では顔を出さない地味な守備的ミッドフィールダー。その地味なプレースタイルからか、シティの失敗補強の一人として挙げられることもある。しかし、個人的にはいい選手だと思っているし、チームにも貢献していたと思っている。インターセプトとタックルの能力が高く、ピンチを未然に中盤で潰し、素早く近くにいる味方にパスを出す。空中戦も強かった。ロングパスやミドルシュートなど、リスクのあるプレーは一切せず、出しどころがなければ後ろに戻す。このリスクを極限まで減らした、地味かつシンプルなプレーが、実はシティの中盤に安定感をもたらしていた。そもそも、シティにはヤヤ・トゥレ、フェルナンジーニョ、ナスリ、シルバなど、ボールを運べる優秀な選手がたくさんいたため、彼が運ぶ必要がなかったという見方もできる。評価が上がりにくい、可哀想な選手である。シーズン終了後に退団。
出場数:リーグ戦 30試合 (公式戦48試合)
得点:リーグ戦4得点 (公式戦6得点)
アシスト:リーグ戦7アシスト (公式戦13アシスト)
100メートルを10秒台で走る、快速アシストマシーン。セビージャから加入したこのヘスス・ナバスは、プレミアのサッカーにも問題なく馴染み、開幕からすぐにスタメンに定着した。セビージャ時代にホームシック的な、精神的な問題を抱えたこともある彼だが、初めての海外移籍も特に問題はなかったようだ。シティには彼のようなスピードタイプがいなかったため、彼のスピードはシティにとって大きな武器の一つとなった。縦へのドリブル突破から精度の高いクロスを入れるという、もはやワンパターンに近い戦法からチャンスを何度も演出した。左足があまりうまくなかったため、右サイドからカットインしてシュートを打つということはまずなかった。とにかく縦へスピード勝負という武器以外あまりなかったような気もするが、読まれても足が速すぎて相手はついてこられなかったのかもしれない。シーズンを通して怪我も少なく、常にそれなりの活躍はしていた印象。あたり補強だったと言える。
出場数:リーグ戦 5試合 (公式戦10試合)
得点:0
アシスト:0
守備的ミッドフィールダーだが、ゴール前にも顔を出し、得点に絡めるボックス・トゥ・ボックスタイプのプレーヤー。16歳の時からエバートンで活躍し、得点も決めていた。技術力もあり、将来が非常に楽しみなプレーヤーだった。しかし、シーズンが開幕してみれば、ユース選手に毛が生えたレベルの出場時間しか与えられず、全く使い物にならなかった。全公式戦の出場時間はわずか330分程度で、リーグ戦は4節のストーク戦が唯一のスタメン出場であった。一時、ハビ・ガルシアとフェルナンジーニョが同時に離脱した時期があったが、その時ですらベンチに入っても、途中から出場することもなかったため、もはや戦力としてカウントすらされていなかったのは明白である。ちなみに、その時はデミチェリスやミルナーが中盤でプレイしていた。プレイ時間があまりにも短く、印象にも残っていないため、何が悪かったかなどの話はできないが、おそらく当時のシティのレベルに達していなかったということだろう。シーズン終了後に退団。
出場数:リーグ戦 27試合 (公式戦40試合)
得点:リーグ戦7得点 (公式戦8得点)
アシスト:リーグ戦9アシスト(公式戦13アシスト)
もはや説明不要。誰もが認める本物の天才。好不調の波がほとんどなく、出場すれば常に活躍した。とりあえず困ったら彼にボールを預ければ、面白いようにスルスルと前線へボールを運んでくれる上、チャンスも演出してくれる。ボールを失うことはほとんどない。球離れも非常に良く、無理なプレーは絶対にしない。守備もサボらず、積極的にスライディングを仕掛けていた。2024年現在のシティでも、彼ならスタメンでプレーできるだろう。個人的に一番印象に残っているのは30節のアウェイのハルシティ戦である。試合開始早々にコンパニが退場し、劣勢の中、芸術的なゴールを決め、試合終盤には素晴らしいスルーパスからアシストを記録。この試合のMVPに選ばれた。攻撃の枚数を削ることを強いられた中で、この男が3人分くらいの働きを見せ、一人人数が少ないことを忘れさせてくれるようなパフォーマンスを見せてくれた。このシーズンの彼の残念なポイントを挙げるとすれば、やや怪我が多かったところか。
出場数:リーグ戦 33試合 (公式戦46試合)
得点:リーグ戦5得点 (公式戦5得点)
アシスト:リーグ戦3アシスト(公式戦5アシスト)
年齢は当時28歳、代表経験なし、移籍金4000万ユーロ、ウクライナリーグ所属。なぜ世界的にそれほど名の売れていない選手、しかも30近いおっさんに4000万ユーロの額を払ってまで獲得するのかと、疑問の声も少なくはなかった。しかし、結果的には大成功どころか、この夏一番の補強となった。守備、ボール運び、ミドルシュートと、何を任せても高水準に仕事をし、すぐにチームに欠かすことのできない選手となった。このシーズンは相棒のヤヤ・トゥレの攻撃参加が増えたことで、中盤の負担が増えたはずだが、それでも中盤が崩壊することなく、安定していたのは、間違いなく彼の守備能力の高さによって実現できていたと言えるだろう。そして、ただ後ろにいるだけでなく、隙があれば彼自身も攻撃に参加し、ボールを運んでからのパスや、強烈なミドルシュートなど、攻撃面での貢献度も高かった。シーズンのラスト5試合ほどは、守備重視のハビ・ガルシアが優先的に起用され、ベンチスタートとなっていたが、それ以外は基本的にほぼ全ての試合でスタメン、フル出場し、怪我での離脱もほとんどなく、シーズンを終えた。活躍が認められ、ブラジル代表に呼ばれるようになり、2014年のワールドカップ出場も果たした。余談だが、このシーズンにプレイしたシティの選手の中で、一番最後までシティに残っていたのは彼である。すでにキャリアの中盤から終盤に差し掛かっていてもおかしくない年齢であったと考えれば、彼が最後の生き残りになると考えていた人は、ほとんどいないだろう。
出場数:リーグ戦 35試合 (公式戦49試合)
得点:リーグ戦20得点 (公式戦24得点)
アシスト:リーグ戦9アシスト(公式戦12アシスト)
このシーズンのプレミアリーグ全体でもMVPに選ばれても全くおかしくなく、シティでは間違いなくナンバー1のプレーヤーだった。もはや数字だけ見ても、彼がいかに化け物だったかがわかるだろう。ストライカーではなく中盤の選手であったにもかかわらず、リーグ戦だけで20得点である。彼の何が凄かったか、はっきり言って全てにおいて凄かったとしかいいようがない。前半戦だけで4つのフリーキックを決め、PKは6本蹴って全て成功、フィジカルのごり押しでのドリブル突破、正確無比な強烈なシュート、ゲームメイク、ピンポイントのロングフィード、空中戦の強さ、挙げたらキリがない。とにかく彼のプレーを一度も見たことがない人は、このシーズンの彼だけは絶対一度は見て欲しい。文章だけで説明するのは不可能であり、彼の凄さを見ずに一生を終えるのは勿体ないレベルだ。言い過ぎだと思われるかもしれないが、それだけ規格外の選手だった。キャピタルワンカップ決勝のゴールや、29節(延期分)のアストンビラ戦でのゴールを見ただけでも、彼の化け物具合が分かるかもしれない。ここまで褒めちぎっているが、彼だけの力でこの凄さを実現できたわけではなく、守備力が高いフェルナンジーニョやハビ・ガルシアなどの相方の存在によって実現できていたとも考えられる。このシーズン以外は、ここまでの得点力を発揮したシーズンはないため、彼にとってはかなり特別なシーズンだった。
出場数:リーグ戦 0試合 (公式戦4試合)
得点:0
アシスト:公式戦2アシスト
2024年現在は登録名がロニー・ロペスとなっているが、当時はマルコス・ロペスであったため、マルコス・ロペスと表記する。リーグ戦の出場はなく、FAカップ1試合、キャピタルワンカップ3試合の出場に留まった。キャピタルワンカップ準決勝、セカンドレグのウエストハム戦ではスタメン、フル出場を果たし、2アシストを記録。ファーストレグでも少ない出場時間でインパクトを残し、僅かに才能の片鱗を示す。しかしながら、トップチームに定着することはできなかった。
FW
出場数:リーグ戦 32試合 (公式戦49試合)
得点:リーグ戦9得点 (公式戦23得点)
アシスト:リーグ戦3アシスト(公式戦6アシスト)
セビージャから加入した、パワー系のセンターフォワード。加入当初はアグエロ、ジェコに次ぐ三番手として扱われていたが、2節のカーディフ戦で途中出場からゴールを決めると、その後も途中出場から活躍を続け、気づけばジェコからポジションを奪い、スタメン出場を果たすようになった。打点の高いヘッドと、強烈な左足のシュートを武器に、序盤から好調が続き、2014年1月22日までで、公式戦33試合出場した時点で23ゴールと、驚異的なペースで得点を量産した。しかし、その直後に肩を負傷し、数日間離脱した直後、ピタリと得点が止まってしまった。この負傷が原因だったかは定かではないが、プレー自体も覇気を失った。これと同時に、ジェコが得点を量産し始めたこともあり、気づけばベンチが指定席となった。尻すぼみ感が否めないが、序盤のインパクトを考えれば間違いなく当たり補強であり、優勝に大きく貢献した選手であることは間違いない。しかし、この終盤の不調が原因か、ワールドカップメンバーの選考から漏れてしまい、本人にとってはやや残念なシーズンになってしまったか。結局このシーズン終了後にシティ退団を決断し、わずか1年でチームを去ることになった。この退団について、本人は後に、「あのタイミングでシティを退団したのは間違いだった」と語った。
出場数:リーグ戦 31試合 (公式戦48試合)
得点:リーグ戦16得点 (公式戦26得点)
アシスト:リーグ戦2アシスト(公式戦10アシスト)
ポストプレーがうまく、周りを活かすプレーができ、両足でシュートが打てる長身ストライカー。前半戦はアグエロ、ネグレドの存在が大きく、出番がやや限定的となり、思うように得点を決めることができなかったが、アグエロが負傷で離脱すると、徐々に出場時間が伸び、得点も増え始めた。19節のクリスタル・パレス戦でリーグ戦4ゴール目を記録すると、その後もコンスタントに得点が決まり始めた。それと同時にネグレドの不調によって、ワントップでの起用が増えると、面白いように得点が決まるようになり、終盤は11試合の出場で9ゴールと、主役の一人に。優勝に大きく貢献した。多くの試合での先制ゴール、28節(延期分)のユナイテッドとのダービーでの2ゴールや、37節のエバートン戦で同点ゴールと逆転ゴールの2ゴールなど、点が欲しい場面で何度も得点を決め、とにかく頼りになった。4人いるストライカーの中では、間違いなく彼が最もファンに印象を残した選手であり、前半戦の苦しんでいる姿が嘘のようにシーズンを終えた。
出場数:リーグ戦 23試合 (公式戦34試合)
得点:リーグ戦17得点 (公式戦28得点)
アシスト:リーグ戦6アシスト(公式戦3アシスト)
不調だった12-13シーズンから一転して、開幕から驚異的なペースで得点を決め続け、公式戦20試合に出場した時点で19ゴールをマークした。ニアをぶち抜く技術だけなら世界一だったかもしれない。それだけ、右足でも左足でも何度も強烈なシュートを振り、世界トップクラスのキーパーのニアを打ち抜いた。このままプレミアリーグでも主役になる活躍を見せると思われたが、出場数を見れば分かる通り、怪我により残念ながら徐々に存在感が薄まった。後半戦に入ると起用できる試合がかなり少なくなってしまい、後半戦のリーグ戦出場は、8試合に留まった。それに加え、リバプールのルイス・スアレス、ダニエル・スタリッジの大活躍によって、これほど驚異的な得点ペースを記録しても、それほど話題にもならなくなっていた。シティでも終盤のヤヤ・トゥレやジェコの活躍がかなり目立ち、チーム内でトップの公式戦28ゴールをマークしたものの、チームの中でも主役にはなれなかったのは否めない。それでも怪我さえなければ間違いなくシティではトップのストライカーであり、プレミアリーグでもトップになれる可能性はしっかり示した。この後、プレミアリーグでもトップクラスのストライカーになったのは言うまでもない。
出場数:リーグ戦 13試合 (公式戦18試合)
得点:リーグ戦3得点 (公式戦6得点)
アシスト:リーグ戦1アシスト(公式戦1アシスト)
二十歳前後で既にフィオレンティーナの顔となっていたファンタジスタ。2600万ユーロと、かなり高額な買い物であったが、結果は失敗だった。プレー自体は面白く、ドリブルだけなら、4人のストライカーの中では一番うまかったかもしれない。シュートの技術も悪くなく、スターになれる可能性は十分にあった。では、何が問題だったか。単純に怪我が多すぎたことである。前半戦はただでさえ熾烈なポジション争いを強いられている中、負傷で長期離脱し、ポジション争いから大きく出遅れ、復帰後も他のライバルを脅かす存在にはなれなかった。ただ前述した通り、プレーには才能を感じさせる一面があり、次のシーズンは何か見せてくれるだろうと感じさせてはくれた。
参考にしたサイト
13/14シーズンのシティが気になった方はこちら!↓
※おまけ
おわり






















