《平和宣言全文》

 人間は愚かにも戦争をくりかえしてきました。しかし、たとえ戦争であっても許されない行為があります。現在では、子どもや母親、市民、傷ついた兵士や捕虜を殺傷することは「国際人道法」で犯罪とされます。毒ガス、細菌兵器、対人地雷など人間に無差別に苦しみを与え、環境に深刻な損害を与える兵器も「非人道的兵器」として明確に禁止されています。
 1945年8月9日午前11時2分、アメリカの爆撃機によって長崎に一発の原子爆弾が投下されました。人間は熱線で黒焦げになり、鉄のレールも折れ曲がるほどの爆風で体が引き裂かれました。皮膚が垂れ下がった裸の人々。頭をもがれた赤ちゃんを抱く母親。元気そうにみえた人々も次々に死んでいきました。その年のうちに約7万4千人の方が亡くなり、約7万5千人の方が負傷しました。生き残った人々も放射線の影響で年齢を重ねるにつれて、がんなどの発病率が高くなり、被爆者の不安は今も消えることはありません。
 無差別に、これほどむごく人の命を奪い、長年にわたり人を苦しめ続ける核兵器がなぜいまだに禁止されていないのでしょうか。
  昨年11月、戦争の悲惨さを長く見つめてきた国際赤十字・赤新月運動が人道的な立場から「核兵器廃絶へ向かって進む」という決議を行いました。今年5月、ウィーンで開催された「核不拡散条約(NPT)再検討会議」準備委員会では、多くの国が核兵器の非人道性に言及し、16か国が「核軍縮の人道的側面に関する共同声明」を発表しました。今ようやく、核兵器を非人道的兵器に位置付けようとする声が高まりつつあります。それはこれまで被爆地が声の限り叫び続けてきたことでもあります。

 しかし、現実はどうでしょうか。
 世界には今も1万9千発の核兵器が存在しています。地球に住む私たちは数分で核戦争が始まるかもしれない危険性の中で生きています。広島、長崎に落とされた原子爆弾よりもはるかに凄まじい破壊力を持つ核兵器が使われた時、人類はいったいどうなるのでしょうか。
 長崎を核兵器で攻撃された最後の都市にするためには、核兵器による攻撃はもちろん、開発から配備にいたるまですべてを明確に禁止しなければなりません。「核不拡散条約(NPT)」を越える新たな仕組みが求められています。そして、すでに私たちはその方法を見いだしています。
 その一つが「核兵器禁止条約(NWC)」です。2008年には国連の潘基文事務総長がその必要性を訴え、2010年の「核不拡散条約(NPT)再検討会議」の最終文書でも初めて言及されました。今こそ、国際社会はその締結に向けて具体的な一歩を踏み出すべきです。
 「非核兵器地帯」の取り組みも現実的で具体的な方法です。すでに南半球の陸地のほとんどは非核兵器地帯になっています。今年は中東非核兵器地帯の創設に向けた会議開催の努力が続けられています。私たちはこれまでも「北東アジア非核兵器地帯」への取り組みをいくどとなく日本政府に求めてきました。政府は非核三原則の法制化とともにこうした取り組みを推進して、北朝鮮の核兵器をめぐる深刻な事態の打開に挑み、被爆国としてのリーダーシップを発揮すべきです。
 今年4月、長崎大学に念願の「核兵器廃絶研究センター(RECNA)」が開設されました。「核兵器のない世界」を実現するための情報や提案を発信し、ネットワークを広げる拠点となる組織です。「RECNA」の設立を機に、私たちはより一層力強く被爆地の使命を果たしていく決意です。

 核兵器のない世界を実現するためには、次世代への働きかけが重要です。明日から日本政府と国連大学が共催して「軍縮・不拡散教育グローバル・フォーラム」がここ長崎で始まります。
 核兵器は他国への不信感と恐怖、そして力による支配という考えから生まれました。次の世代がそれとは逆に相互の信頼と安心感、そして共生という考えに基づいて社会をつくり動かすことができるように、長崎は平和教育と国際理解教育にも力を注いでいきます。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は世界を震撼させました。福島で放射能の不安に脅える日々が今も続いていることに私たちは心を痛めています。長崎市民はこれからも福島に寄り添い、応援し続けます。日本政府は被災地の復興を急ぐとともに、放射能に脅かされることのない社会を再構築するための新しいエネルギー政策の目標と、そこに至る明確な具体策を示してください。原子力発電所が稼働するなかで貯め込んだ膨大な量の高レベル放射性廃棄物の処分も先送りできない課題です。国際社会はその解決に協力して取り組むべきです。

 被爆者の平均年齢は77歳を超えました。政府は、今一度、被爆により苦しんでいる方たちの声に真摯に耳を傾け、援護政策のさらなる充実に努力してください。
 原子爆弾により命を奪われた方々に哀悼の意を表するとともに、今後とも広島市、そして同じ思いを持つ世界の人たちと協力して核兵器廃絶に取り組んでいくことをここに宣言します。
2012年(平成24年)8月9日
長崎市長 田上 富久
今朝も夜明け前に目を覚まし、蒸し暑いので窓を開けた。今日は風が少し寒く感じてタオルケットを被って二度寝した。

そして、朝食を食べながら昨夜録画した「キャサリン」をちらりと見て「0655」「あにまるワンだ~」「ゲゲゲの女房」を見て洗濯物と布団を干した。
朝のニュース「おはよう日本」で女子卓球団体の結果を知る。いつ放送してたんだろう…。でも堂々の銀メダル。福原選手が泣いていた。みんな本当によく頑張った。私も一緒に泣く。福原選手は今年いっぱい右肘の治療に専念するという。

明日訪問看護でワーカーさんが来られるのでフローリングや玄関の掃除をした。汗だくになり着替えてぶっ倒れ、咳が止まらなくなる。

いよいよ高校野球が開幕。私は明日からだとばかり思っていた。しかも広島代表の広島工業は今日が試合。全然知らなかった。
昼食後、高校野球を見たら一年振りにラガーさんを発見。今年も元気そうで何より。
広島工業の試合が始まる直前眠気が襲いかかり、まともに試合が見れなくなる。いつの間にか眠ってしまい、試合終了のサイレンで目が覚めた。負けていた…。広島工業ナインお疲れさま。
昨夜十時頃急に眠気が襲ってきて、変則的な睡眠になってしまったため、朝五時前に目が覚めた。ちょっと前までは既に日が昇って明るかったのにまだ真っ暗。しかし、あまりにも部屋が蒸し暑いので窓を開けた。すると気持ちいい風が入ってきた。住宅の横の川の土手ではウォーキングをする音が聞こえる。超早起きっ!!

ふと目を覚ますと朝六時をとうに過ぎていた。二度寝していたようだ。

今朝は、朝食を食べながら昨夜録画した「月曜から夜ふかし」を見て「0655」「あにまるワンだ~」「ゲゲゲの女房」を見た。
朝っぱらから自治会長さんが回覧板や配り物を持って来られた。回覧板に

「9月1日防災訓練のため役所のサイレンを鳴らします。災害ではありません」

と書いてあった。じゃあ一月の出初式のサイレンも教えてくれるとありがたいんだけどなあ。毎年一月のある日曜日の朝七時にサイレンが鳴り出すので「何っ!?」と思うことがあるのだ。

回覧板や配り物を終えてきたついでに玄関前を掃除。そして布団を干して、昨夜録画した「水曜どうでしょうclassic」を見た。

ところで、昨夜の「ニュースウォッチ9」で女子卓球団体がシンガポールに勝った時の様子を伝えていた。平野選手、福原選手、石川選手が抱き合って泣いているのを見て、私も泣いてしまった。福原選手は石川選手に

「良かった、頑張った、良かった…」

と泣きながら頭を撫でていた。
福原選手は、世界選手権で石川選手に負けた。年下の選手に負けたのが初めてだった。それから、今までやってこなかったフォアハンドの改造や筋力トレーニングをしてきた。これは二人のドキュメンタリー番組でも放送されている。福原選手は、マッサージや鍼を受けながら

「腕を取って、新しい腕に変えたい」

と洩らす。トレーニングのきつさが伝わってくる。
次は強敵の中国だけど精一杯応援するぞ!!あっ、でも時間によっては見られないな。

そうして身を粉にし挑戦している選手に向けて、石原都知事がいつものように馬鹿発言をしていたそうな。

「銅メダルなんて誰でも取れる、金を取らなきゃメダルじゃない。金を取らないと日本に帰ってこられないようなもっと重たいものを課せばいい」

そんな男が東京にオリンピックを招致しようとしてるのが信じられない。


《今日のつぶやき》
向井くんのスマホCMが捕獲出来ない上に、ハエが退治出来ない。もう三日も家の中をブンブン飛んでいる。うぅ…苛々(-_-#)