毒と毒姫⑤
姿かたちは、木枯唯に似ている。
しかし、その顔面を見れば、彼が人ならざるものであることは明らか。その不安定な目、鼻、口の位置は多くの試作品のそれが平均化された姿なのだと、彼は自分で自分を笑う。
「木枯鏡花はボクたちを産んだ親だ。いや、産んでしまったというべきかな。ボクたちは言わば、彼女が望んだ世界にいらない部分。切り捨てられ、もみ消されれてしかるべき存在。――だが、彼女は今頃になって、怖気づいている。ボクたちを恐れて逃げまどっている。彼女はボクたちに情けでもかけたいらしい」
そこで不安定な顔面がゆらりと不気味な笑みを浮かべた。
いつもは表情が読み取れないのに。自分という醜い存在を産み落とした鏡花に対する愛憎は、彼の中にある無数の意識に共通するものらしい。だから、無数の意識が彼女に対して、怨敵に向けるような薄気味悪いせせら笑いという回答を出したのだろう。
「分かるだろ? ボクたちとあなた、尋ね人は同じだ」
「――スカーレットの復活は失敗だと? ではその少女は?」
眼鏡の奥から冷たい視線を明日華に注ぎかける宿木。
明日華の容姿は、スカーレットと瓜ふたつ。丸で生き写しかのようだ。くしくしと撫でたくなるような輝きを放つ金色の髪。艶やかな肌、蒼く儚げな瞳。
「スカーレットの中に存在する、‘ある願望’が独立して生まれたもの。哀れだね。あなたは、スカーレットの親でありながら、心底嫌われているらしい。それもボクたちが鏡花を憎む理由と同じ。――やっぱり夫婦というものは、似た者同士っ……」
木枯零は胸ぐらを掴まれる。彼の侮辱に逆上したその肩は震えながら、荒い息とともに上下する。額には青筋が入って、眼鏡の奥で眼尻がぴくぴくと動く。
「僕を……、私を誰だと思っているっ!」
「魔導の教科書によく出てくる人。――でしょ? どれだけの偉人でも、愛する娘のために随分と狡いことをしていたものだ。まるで、人間臭い神々による神話でも眺めている気分だ」
「黙れっ! まともな肉体すら持つことを叶わない下賤な存在が、この私を侮辱するなっ!」
「あんまり逆上すると、どうなっても知りませんよ。ボクたちにはとっておきの人質がいるっ」
そう言うと、零はどろりと溶けて大理石の床に広がるどす黒い水たまりとなって、怯えて固まる明日華の背後に忍び寄る。背中を這いあがる冷たく黒い、ぬらぬらとしたコールタールとなって、明日華の綺麗な顎の線を撫でまわした。
薄気味悪い感触と恐怖とで、明日華はパニックを起こし、過呼吸になりながら言葉になり切れない言葉を嗚咽とともに漏らしている。
「こいつは、スカーレットに凝縮されたすべての魔力を開放することができる。あなたがスカーレットに託した、核弾頭いくつとも知れないほどの膨大なエネルギーだ。ドカンとさせれば、銀河まるごとが破壊できるかもなあ」
にたりと口角を吊り上げながら、上目遣いで宿木を挑発する零。
宿木は、奥歯を噛みしめてから、後ずさりをした。
「――いいだろう。交渉とやらに乗ろう」
「しばらくボクたちの言いなりになってほしい」
表情が読み取れなかったはずの零からは、邪な笑みがしきりに漏れるようになった。どうやら彼の中にある有象無象の意識でも満場一致なのだろう。言いなりという言葉に再び宿木は、眉をぴくぴくと動かす。弱みを握られていることが、頭に来ているのだろう。だがどこか涼しげな顔をしている。
「生きているうちに、そいつを人質にとり、鏡花をここにおびき寄せろ」
一瞬、宿木が呆気にとられたような顔をした。そこに零は食ってかかる。
「なんだ?」
「――いや、お前は鏡花にそれだけの愛憎を向けながら、理解はしていないのだなと思っただけだ」
「どういう意味だっ!」
理解はしていない。零がその言葉を侮辱と捉えるのは、やはり鏡花に対する愛憎という表裏一体の感情を抱いているからだろうか。
「別に深い意味はない。お前の指示通り動いてやろう」
宿木はどこか、零の弱みを握ったとでもいうかのような不敵な笑みを浮かべた。それを睨みつけながら、零は明日華の拘束を解く。解放された明日華はその場にへたり込む。一度安堵のため息を漏らすも、まだ恐怖に乱れた息は落ち着かない。
明日華の瑠璃色の瞳に向けて宿木は、いやらしいねっとりした笑みを送る。
その瞬間に、明日華の耳に、再び悲しみに沈んだ男の声が蘇る。
『なぜ、時は戻らない。なぜ、過去は変えられない。なぜ、死んだ命は帰らない。すべて神が決めたことならば、なぜ、神はそんな無常を生み出したのか』
『憎い。私は神が憎い。――ならば私は、神になりたい』
その声は似ている。――いや、同じだ。明日華は気づいた。
「ユグドラシルの魔力を使って、全世界にメッセージを送れ。お前の娘を預かっていると」
宿木は、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、慣れた手つきで五芒星とそれを囲む二重の同心円を描く。仕上げに親指の皮膚を噛みきり、血判を中心に押す。それを足元の床に置いて、つま先で小気味の良い音を立てて踏みつける。
――しかし、何も起きない。
「あ、ダブルクリックか」
ぼそりと呟いて、二回連続して魔方陣の中心を踏みつける。宿木の足元半径数メートル大に蒼白い炎で、魔方陣が描かれる。ちょうど、紙に描かれたそれが拡大投影されたように。
「さあ、全世界一斉放送だ」
*****
外に向かって開け放たれたドアの向こう。黒い渦がごうごうと巻いている。
不思議な光景だ。なにせ、ここは砂の中に埋められた小屋。ドアが外向きに開くはずもなければ、開け放った先はただの砂壁のはずだ。
「で? 明日華はこの先に消えたんだよね?」
今にも吸い込まれてしまいそうな、ブラックホールのような渦。
安奈、雷雷、三井名の3人はドアの縁に捕まりながら、渦をのぞき込んで生唾をごくり。
「安奈、行けよ。多分22世紀に行けるよ」
「これ四次元空間なのっ!?」
「ちっ、安奈ならそれで飛び込んでくれると思ったのに」
「そこまでバカじゃないわよ!」
舌打ちする雷雷に、目くじらを立てて反論する安奈。雷雷は自分では飛び込みたくないらしく、三井名にまで無茶ぶりをする。
「嫌よ。あたしだって、さっきの地震で腰が抜けてしまっているもの」
三井名はよく見るとへっぴり腰になっており、膝小僧はがくがくと震えている。ドアの向こうに広がる不気味な光景に二の足を踏んでいる三人だが、三井名はとりわけ怖気づいているようだった。
「あの揺れって、明日華が起こしたものだよね」
「百パーセントそうだろうね」
明日華は、襲い掛かる木枯唯の影に反応して、自らの魔力を開放した。いや、違う。あのとき、攻撃の矛先は紛れもなく雷雷に向けられていた。それをかばう形で明日華は3人の前に躍り出たのだ。
「明日華は、あたしたちを守ろうとしてくれたんだな」
雷雷はしみじみと呟き、ドアの縁に置いていた手を外し、開け放たれたドアの向こう側に向き直り、透き通った青い瞳で真っ直ぐに見つめる。そっと目を閉じて、深呼吸。いち、に、さんと数えたところで、凛とした顔つきでこう言った。
「安奈、行ってこい」
「あたしかよっ!」
「ちっ」
「ちっじゃないわっ! 今完全に雷雷が行く流れだったよね?」
「あえて意表をついてみた」
「誰に対するあえてだよっ!」
取っ組み合いの喧嘩になりそうなのを、まあまあと三井名が制止する。
「じゃあここは、ベタだけどじゃんけんで負けた人から飛び込むことにしよっ」
「――ワタシ、チューゴクのじゃんけんしかシラナイ。絶対負ける。だから嫌アル」
「どんだけ飛び込みたくないんだよっ! さっきまで流暢に日本語しゃべってたろうがっ!」
雷雷もしぶしぶ参加し、じゃんけんで最初に飛び込む人を決めることになった。三人だけの砂に埋められた小屋の中、ごうごうとドアの向こうで渦巻く嵐の音をバックに三人の掛け声だけが響き渡る。
「じゃーんけんっ、ほいっ!」
安奈:チョキ
雷雷:グー
三井名:グー
「――よし、あ、あいこね」
「いや、安奈。あんたの負けだから」
ごまかそうとした安奈だったが、雷雷と三井名に指摘され、しぶしぶと負けを認める。ドアの枠に両手をかけてへっぴり腰になりながら生唾をごくり。
「じゃ、じゃじゃじゃじゃあ、い、行くからね」
一歩、また一歩と踏み出すが、歩幅がやけに小刻みで、ちっとも進まない。しびれを切らした雷雷が一言ぼそりと漏らす。
「早く行けよ」
「他人の事になると一気に冷たくなるなっ!」
「仕方ないでしょ。安奈ちゃん、負けちゃったんだからー」
「そうそう。腹くくれ、腹ー」
「わかったよ! 行きゃあいいんでしょ、行きゃあっ!」
咳払いをして、鼻から息を吸い込み、奥歯を噛みしめる。瞳に力を込めて、前かがみになり、ゆっくりと。まずは右脚を一歩踏み出し、黒い渦の中へと上半身を埋めていく。凄まじい引力を感じる。赤く長い自分の髪が、渦の中心に向かってたなびく。思わず、安奈は生唾をごくりと飲み込んだ。額には汗がにじむ。続いて、左脚を踏み出す。ぴっちりとした、コスプレ衣装のヒーロースーツも、風の向きを感じさせるようにぱたぱたと音を立てる。じわりじわりと自ら恐怖を煽るような、歩み方をしてしまい、かえって怖くなってきた。一思いに、飛び込めばよかったのではないかと思いながらも、どこかで逃げ出したい自分がいる。堂々巡りで、息は上がっていくばかり。
「いい? 行くわよっ! 押すなよ。押すなよ、絶対っ!」
「あいあいさー」
そこで雷雷と三井名は呼吸を合わせて、安奈の背中を蹴った。「ふぁっ」と変な間の抜けた声を出して、安奈はつんのめり、黒い渦の中へと吸い込まれていく。泣き叫び、断末魔を上げながら。
「押すなって言ったのにぃいいいいいっ!」
「いや、今のはフリっしょ」
――身体じゅうが痛い。鈍い痛みとともに覚める意識。
ゆっくりと目を開けるとともに、冷たく、つるつるとした大理石の質感を肌に感じる。ざらついた埃の層の感触も。しかし、周りは薄暗く。埃の層を撫でた指の汚れも、数か所擦りむいて、破れたであろう衣装の様子も確認できない。立ち上がり、膝を払う。天井は気が遠くなるほど高く、まるで異国の教会のようだ。照明は一切なく、代わりに群青色に無数の星を散りばめた夜空が広がっている。だが、空気の閉塞感は隠しきれるものではない。おそらく魔力で作った偽物の夜空なのだろう。
「ここは……」
「待って、今この子に聞いてる」
独り言のつもりで呟いたのだが、返答が帰って来てぎょっとする。三井名も雷雷も、黒い渦に飛び込んで同じ空間にたどり着いていた。三井名は、壁に置かれた鉢植えに手を当てながら話しかけている。見ると他にも、鉢植えはあるようだった。
「どれ。ちょっと照らすか」
雷雷が魔力を発現し、高圧電線の先から飛び散る火花を照明に薄暗い闇を照らす。
「物騒な照明ね。この子たちを燃やさないようにね」
口をへの字に曲げながら、不平を漏らす三井名。無数の鉢植えやプランターが彼女の目に入る。思わず三井名はわあと声を上げ、立ち上がった。
「ここ、魔導植物の研究施設よっ! 異種交配や、植え継ぎによる品種改良も行ってるみたい」
「――で? ここはどこなの?」
いかにも興味がないといったふうに、雷雷は棒付きキャンディの柄を上下させながら尋ねる。
「ちょっとは興奮しなさいよっ」
「いや、あたし魔法の使い方に関しては脳筋だから。魔導植物とか言われてもピンと来ないのよね」
「――おそらく、学園の地下から繋がっている場所のようね。正確な場所は特定しづらいわ。多分、いくつかの国から繋がっている。時折、学園の講師が訪れているみたい」
安奈はその講師の名を尋ねた。
「宿木恭人。あたしたちに木枯唯の襲撃を提案した、あの胡散臭いメガネよ」
<おまけSSその87>
~新企画:登場人物のプロフィールその9~
簀巻藁葉
年齢:???歳
血液型:B型
誕生日:10月29日(さそり座)
身長:136cm
スリーサイズ:62、55、68
好きな食べ物:納豆
好きなお菓子:甘納豆
好きな飲み物:納豆を卵に溶かしたものは飲み物だと言っている
好きな色:ベージュ
趣味:納豆のレシピ開発
特技:納豆をつくれる
運動神経:老体を理由に動きたがらないが、驚異的な身体能力を持つ。
性格などの詳細:本作を代表する悪役キャラ。見た目は、どう見ても幼い少女そのものだが、口ぶりが年寄りめいており、実年齢も数百歳は優に越えている。つまり、ロリばばあ。納豆が大好物であり、朝昼晩間食を問わず一日に大量摂取している。自らの分身を生成するレプリカ魔法と、分身や他人を意のままに操る傀儡術を得意としており、戦闘の際は自らの分身を率いて、圧倒的多勢の兵団で襲撃する。分身のクオリティは用途によって使い分けており、影武者として使う場合は、本人と見分けがつかないが、戦闘に使うものはたいてい肉の壁にでもなればいいというような出来栄えのことも多い。自らの分身を世界中いたるところに配置しており、意識を分散させているが、どの分身も尋常ならざる魔力を誇る。また分身と本体という概念がないため、彼女の息の根を止めることはほぼ不可能である。
ちなみに、身体は幼女らしく成長するため、定期的に交換しているらしい。
本作では最も何をしでかすか分からない危険人物として描かれており、有象無象の分身を操る能力と数百年の齢のせいで、完全に命を尊ぶ感情がぶっ飛んでしまっており、自らの身体も平気で切り捨てるなど常識外れた行動と戦法で相手を圧倒する。コミカル要因であるとともに、本作の鬱展開もだいたいこいつのせい。
<おまけSSその88>
~新企画:登場人物のプロフィールその10~
明日華
年齢:?歳
血液型:A型
誕生日:9月4日(うお座)
身長:132cm
スリーサイズ:60、52、64
好きな食べ物:ドロップ
好きなお菓子:抹茶アイス
好きな飲み物:メロンソーダ
好きな色:金色
趣味:まだ分からない
特技:指の関節が柔らかい
運動神経:小学生としてみれば平均的。魔力は異常。
性格などの詳細:神々しいほど美しい幼い少女。見た目は9歳くらい。しかし、まるで世の中の物全てに、馴染みがないような不自然な言動が多い。宛てもなく街をふらついていたところを、ナイトウォーカー三人組に保護されるが、街田の襲撃により、魔力を暴発させてしまう。地球の命運を左右しかねないほどの膨大な魔力を持っており、自身も感情が高ぶった時は歯止めが効かなくなり、暴発してしまう。最初は感情に乏しい面があったが、三人組の面々と心を通わせるうちに、見た目通りの少女の天真爛漫さを見せるようになる。
本作のキーパーソンであり、ロリコン要因。