小説製作所 FELLOW'S PROJECT REBEL -11ページ目

小説製作所 FELLOW'S PROJECT REBEL

FELLOW'S PROJECT REBELへようこそ。
小説書いてま~す。

毒と毒姫⑥

 

<main side>

 やっと揺れが治まった。
 スマートフォンには、地震速報の文字が。だが、あれが地震なのかと言われると、いささか奇妙なところがある。あれはまるで、自分が巨大な心臓の上に乗っていて、鼓動の度に地面から突き上げられるかのようだった。拍動するような一定のリズムで下から突き上げる揺れなど、普通の地震ではまずあり得ない。
 文字通り、地面が震えたから、地震として報道しているのだろう。

「木枯くん、大丈夫?」
「美月さんこそ」

 互いに安否を確認し合ったが、どう見ても美月の方が手負いをしている。さっきの揺れのせいじゃない。あのとんがり帽子の魔女との激闘により負わされた傷だ。

「傷……」
「大丈夫だよ。これくらい。やばいのは、木枯くんが治してくれたでしょ」

 その一言で、自分が起こした奇跡を思い出す。
 たった一瞬で、どくどくと血を流す彼女の傷を治癒した。――俺はいったいどうやって、あんな奇跡を起こしたんだろう。俺に、あんなとんでもない魔法が使えるというのか。だったら――
 俺は賭けに出て、美月の擦りむいて痣だらけになった身体に念を送ってみた。――だが、まるでバトル漫画の真似をする子供のように、空しい結果しか待っていなかった。

「――木枯くん、大丈夫よ」

 銀髪の美月は、そんな不甲斐ない俺に静かに微笑みかける。
 ああ。このまま――彼女がずっとこのままで、俺に向かって笑ってくれたらと一瞬、思ってしまった。その一瞬をぶつりと放送スピーカーが割って入った。

「ふえっくしゅんっ!!!」

 そして、黒板の上方。放送スピーカーから、盛大なくしゃみが大音量で流れた。

「――ああ、もう誰か僕のうわさをしているなあ?」

 どこかで聞き覚えのある男性の声だ。

「あ、あー。いいか。木枯鏡花。いたら返事をして欲しい」

 俺はその第一声で目を見開いた。
 木枯鏡花。――俺の母親の名だ。幼いころに死別をしていながら、顔さえも覚えていない。なんの記憶も持ち合わせていない母親の名前。それを口にしたのは――

『僕は胡散臭いけど怪しい奴じゃないからさあ』

 声の主が思い当たる。

「あの胡散臭いメガネ……」
「とりあえず僕は普通に名前で呼ばれることはないんだね」

 半ば諦めたかのような乾いた声が、スピーカーからだらりと垂れ流されるように聞こえてきた。

「まあいい。木枯鏡花、お前の娘を預かっている」

 妙に表情のない声でそう言った。脅しているような凄味はない。
 鏡花の娘。――俺の妹、風香のことか。待て。なんで、あの胡散臭いメガネは、俺の母親のことを知っているんだ? そもそも、俺が夜間授業を受けさせられているのは、あの胡散臭いメガネのせいじゃないか。その胡散臭いメガネが、なぜ――

「いや、胡散臭いって何回言うんだよ。――他人から言われると結構傷つくんだからねっ」

 そこで、取り乱しましたとでも言わんばかりに咳ばらいをひとつ。

「娘の命が惜しくば、私立柊木高校の校庭に出ろ。そこに扉を用意してある」

 私立柊木高校の校庭。――俺の通う高等学校だ。つまりは、今自分がいる教室の窓から見えている校庭。すぐ近くじゃないか。まあ、相手があの胡散臭いメガネなら、校庭を指定するのも頷ける。この高等学校の一教員なのだから。

「できるだけ早く来た方がいい。タイムリミットは夜明けまでだ。それまでに来なければ――、鏡花。お前の娘は飢え死ぬぞ」

 飢え死ぬ?
 俺は耳を疑った。なぜなら、風香は昨日も食事をとっていたからだ。――昨日健常体だった人間が一日で餓死するとは到底思えない。

「それでは、待っているよ。ごきげんよう」

 そこでぷつりと放送は切られてしまった。
 飢え死ぬのかどうかは疑問は残るが、――俺の母親である鏡花が、風香を人質に脅されているということは理解できた。要するに、俺も脅されていると言っていい。

「俺――行かなくちゃ」

 ぼそりとその言葉が口をついて出た。
 思えば不思議だ。――俺はもう少し、臆病な人間じゃなかったか。そう思いなおしたとき、美月の銀髪が割れた教室の窓から吹きすさぶ風になびいた。――そう、あの騒々しい声。

『……彼は……、情けなくなんかない。そんなの、あたしが許さない。木枯くん、甘ったれないで。そんなの木枯くんじゃないでしょっ! いつだって、あたしを助けてくれたじゃないのっ! だから今度は、あたしが木枯くんを助けるんだって、こんな気持ちにさせた責任くらい、取らないと承知しないんだからっ!』

『木枯くんに魔法の才能だとか関係ないっ! 木枯くんは、木枯くんなのっ! あたしの大好きな、ヒーローなのっ! 信じろ、バカっ!』

 無責任で。強引で。――でも俺をヒーローと称えるその声は、決して助けを希うような声ではない。俺のケツを引っぱたくような、強い意志と期待を感じさせる声。――あのとき、俺は。変わったのか。

「木枯くんっ」
「な、なに……?」

 思案していると、俺の瞳を食い入るように美月が見つめていた。
 やめろよ。――と思う。意識しているときに、そんなことされたら。俺の顔はきっと真っ赤に色づいていることだろう。

「木枯くんは、考えるよりも先に口が出ちゃうよね」

 ともすると、悪口ではなかろうか。

「あたしに、トレーディングカードゲームの話するとか、ほんと。なーんも考えてないっ」

 やっぱり悪口だった。でも、そこで美月は慈しむような笑みを浮かべて、俺の頬に触れた。正直、心臓が止まるかと思った。全身の毛が逆立つのを感じた。

「そういうとこ好き。――それで、俺。行かなきゃなーんて。ちょっとかっこいいねっ」

 どうにかなってしまいそうなくらい、興奮した。
 銀髪の美月は、頬に触れてから俺の額に自分の額をあてがって、目を閉じたまま静かに口角を上げた。ああ。これはマジでヤバい。

「行きましょっ。木枯くんの妹を助けに」

 ――ここで、あることを思い出す。
 美月は、前に妹と盛大にドンパチをやらかした。妹は美月のことを、泥棒猫と呼んで突っかかっていた。それを美月も煙たがっていたはずだ。

「風香のこと、嫌いじゃないのか」
「――どうして、会ったこともない人を嫌いになれないわ」

 その返答で確信した。
 黒髪の美月と銀髪の美月は、感覚を共有していない。まったく別の人間だ。――だとしたら、俺は。俺は――

 このまま、美月が戻らなければいいのに。

 そう思った。その途端、何の予兆もなく、まるでスライドを入れ替えたかのように、美月の髪色が黒に変わっていた。願いをかけた瞬間に、その真逆のことが起きて拍子抜けした気分だ。――銀色なのは、前髪の一部分だけ。だけど気のせいか。前よりも銀色が広がった気がする。

「唯、行っちゃダメよ」

 黒髪の美月は、子供を諭すかのような口調で言った。
 行っちゃダメ。――俺に妹を見捨てろとでも言うのか。静かな反発が目の色に出たのか。美月は、立ち上がった俺の肩を引き留め、説得してきた。

「お願い。彼は危険よ」
「でも、風香がっ」
「唯は何もしなくていいの。危険を冒さないで。――きっと罠よ」

 罠。こちらを脅してくる相手だ。俺だって、無条件で風香を返してくれるなんて思っちゃいない。それよりも――

「風香のことは、どうするんだよっ!」
「あんなのどうだっていいじゃない。唯は唯のことだけを考えてればいいの」

 ――俺は美月のことが嫌いになった。憤りさえ覚えた。
 あんなのどうだっていい。黒髪の美月が、銀髪の美月の何もかもを踏みにじっているみたいに聞こえた。

「ど、どうだっていいって、どういうことだよっ。風香は俺の家族だ」
「それはあなたが危険を冒していい理由にならないわ」

 排他的だ。黒髪の美月は、俺以外の存在にことごとく冷たい。そして、俺に対しては過保護なようにも捉えられる。――だけど、俺が守られて、妹が見捨てられるなんて。

『木枯くんに魔法の才能だとか関係ないっ! 木枯くんは、木枯くんなのっ! あたしの大好きな、ヒーローなのっ! 信じろ、バカっ!』

 俺はあのとき、どうして自分の可能性に賭けてみたのか。――たとえそれが徒労に終わっても、俺は――。銀髪の美月がそういうなら、ヒーローになれる気がしていた。そんな俺が、自分の妹を見捨てるだと、そう。やっぱり、そんなことできるわけがない。

 俺は、教室に散らばったガラスの破片をつま先で踏みにじり、がりごりと床にこすりつける。美月は俺を、まるで赤子を柵の外に出させまいと監視するかのような目だ。銀髪の美月は、俺に意思を要求するけれど、黒髪の美月は、俺の意思を拒む。

「さ。唯、帰りましょう」

 ――考えろ。美月の長い腕が、俺の腕を掴むその前に。彼女の腕は、俺を無理くりにでも安全に帰すだろう。
 たしかに妹は、変態だ。
 この前も洗濯する前の俺の制服で深呼吸していたし。隠していたはずのエロ本の妹ネタのページに、知らない間にしおりが挟んであったり。俺の使った食器が頻繁に行方不明になっていたりするけれど。
 風香は家族だ。それに――

「ごめん。俺。美月さんのお弁当も好きだけど、風香がつくる弁当も好きなんだ」

 校庭が見える窓に向かって回れ右。
 俺はクラウチングスタートで、机の上に飛び乗って飛び石を渡り、窓ガラスの向こうの夜の帳に向かってダイブした。

「唯っ!!」

 教室は校舎の六階。落差、約三十メートル。常人ならば、見るも無残な死体になる。――だけど。
 風を感じ、俺の視界はコマ送りになる。仰向けに、空を仰ぎ見るような格好で落ちていく俺は、その姿を捉えた。

 俺を助ける騎士ナイトの姿を。

 美月は、眩い閃光の中から三日月刀を取り出し、ぎらりと月の光を反射する刀身で空を斬った。その斬撃は俺を素通りして、背後の地面へ。そして、美月は落下する俺に追いつき、俺の身体を長い四肢で羽交い絞めにし、美月が下になった。――ふたりして地面に落下する。
 着地の瞬間、硬い砂地だった校庭は、なんとも不思議な液体のような挙動を見せた。モーションカメラでとらえたミルククラウンのように地面が湾曲し、ふたりの身体を包み込んだ。クレーターの中心でふたりはゆっくりと制止し、それとちょうどタイミングを合わせるかのようにして不自然に歪んだ地面は修正された。
 ふうと息をついた途端に、美月は身体を回転させて、俺の身体を地面に押さえつけてマウントをとる。

「なんてことするのよ。バカっ」

 珍しく感情を露にする美月。
「――美月さんなら助けてくれると」
「二度としないで。私の言うことは絶対聞いて。そうでないと、私。唯を守れない」

 美月は涙を流しながら訴えた。彼女の滴が、俺の頬に落ちる。

「悪い。――でも、俺も覚悟を示したかった」

 思えば、どうしてここまでの無謀な賭けに出られたのか。美月が助けることを予測できていたからか。そうなら、聞こえはいい。でも、――

『木枯唯、お前に致命傷を負わせるのは至難の業じゃ。鏡花の意思が働いておるからのう。母が息子を想う強い気持ちが、お前を死なせないようにしておる』

 少々癪だが、あのとんがり帽子の魔女の言葉が、原動力なのかも知れない。
 俺はちょっとやそっとじゃ殺せない。あのときは巨大な大鉈の刃先が俺の腹部に届く一歩手前で、空間ごと歪まされて空を斬った。――その事実が、俺の自己防衛本能というたがを外したんだ。

「思ったより、ずっと早かったね」

 砂が摩擦で刷り込まれた制服を、手で払っていたところ、背後からその声はした。俺を夜間授業に誘ったあの声だ。
 向き直ると、理科の実験授業中でもないのに白衣を着た、あの男が立っていた。――ホログラムのように透けてはいるが、映像の主は彼と見て間違いはないだろう。

「夜間授業お疲れだねえ。僕の呼び出しに遅刻せずに来たことは褒めてやる。――なんなら成績加点でもしようか?」
「あなたは、――胡散臭いメガネ」
「そのネタはもういい。あと、今ので加点はなしだ。」

 胡散臭いメガネ、もとい宿木恭人やどりぎ きょうとは、レンズの奥で眼尻をぴくぴくさせる。校庭の砂の地面には不釣り合いな、――まるで石造りの床の上を歩いているような音。かつんかつんという足音でこちらに近づいてくる。
 美月が俺の前に躍り出て、三日月刀を構え、臨戦態勢に入った。
 彼女の姿を見るや否や、宿木はにんまりとほくそ笑む。まるで、ずっと待ち構えていた獲物が目の前に現れたときの、どう猛な獣のような瞳。

「君が、木枯鏡花――」

 俺の母親の名前を、美月に向かって呼びかける。――いや、一瞬俺の瞳

「奇縁だな。お前も同じ魔法で七百年の歳月を生きながらえていたか。――パッチワークソウル。魂は削ぎ落され、あるいは砕かれて、人や物に宿る。――まさかお前がこんな近くにいたなんてな」

 パッチワークソウル。あのとんがり帽子の魔女も言ってた言葉。鏡花はそれを使って魂を引きちぎって分けたと。

「――なんで分かったの? 私の魂の一部を手に入れたとでも?」
「――っ!」

 美月がそう返答した瞬間。
 俺の頭の中で、ばらばらだったパズルが完成した。――ずっと感じてきた疑問、黒髪の美月はなぜ、俺に好意を向けるのか。なぜ、身を呈してまで俺を守ろうとするのか。なぜ、俺に対して過保護な言動をするのか。

 とんがり帽子の魔女は、美月を鏡花と呼んだ。
 宿木も、街田というあの少女も、美月を鏡花と呼んだ。
 街田を俺の意識とは無関係に突き離したあの声も、追憶の中で、ぬいぐるみにナイフを突き刺す女の声も。「唯じゃない。唯じゃない」と嘆き悲しむ声も。

 ――全部、美月の声だった。

「美月さん、君は――」

 つなぎ合わせて、縫い合わせて。継ぎ接ぎだらけで完成した真実。俺の目の前で黒く長い髪を振り乱す、凛とした少女の中に。
 木枯鏡花――、俺の母親の魂が入っている。

「黙っててごめんなさい、唯。私は、私は――」

 美月が涙ながらに呟いたが、その言葉は途中で途切れた。
 気づいたときには、巨大な幾何学的模様が、光の線で地面に刻まれていた。

 聴覚は騒音に支配された。――まるで、いくつもの歯車がかみ合うような、ちゃきちゃきという音。いくつものピストンが上下するような、かんかんという金属音。ごうんごうんと大きな仕掛けが動くような音。

 それらと共鳴するように、地面い光で刻まれた巨大な幾何学的模様は、ゆっくりと回転し始めた。回転が早まるごとに、地面に刻まれたほの明るい光は、徐々にその強さを増し、――やがて、目を開けていられないほどの眩い光になった。
 そして、地面から逆巻くように、ごうごうと風が吹きすさび、まるで世界の中心に向かって落ちていくような感覚に襲われる。身体がジェットコースターの急降下時のように、ふわりと浮かんでいるように感じられる。浮遊感を感じながらも、自分が落ちていると分かる、あの感覚だ。

 ――それは数十秒ほど続いて、視界が開けると俺は薄暗い空間にいた。
 空気が湿っぽい。地面についた手のひらは、うっすらと濡れている。冷たく硬い石造りの床だ。
 空を仰ぎ見る。そこには夜空が広がっていた。変に明るくて、星々の代わりに雲が見えているような都会の夜空ではない。きらきらと星たちが瞬いている。――けれどなんだか薄っぺらいように見える。プラネタリウムのような人工的な質感。そう感じるのは、空気から感じる湿度と閉塞感が「ここは地下空間だ」と語っているからか。
 ――とにかく、この場所から感じる気配は異様だ。
 そして、自分がこの空間にひとりきりであることを知る。いや、同じ空間にはいるのかもしれないが、視覚上、俺はひとりきりだ。美月も、宿木も視界の中にはいない。

 こつ。こつ。こつ。

 いや、ひとりじゃない。足音が聞こえる。しかし、美月のものとも宿木のものとも思えない。どちらのものと考えていても、音がやけに軽い気がする。これはもっと――、子供の足音。

 そう予測がついたとき、俺の目に飛び込んできたのは、それに相応しい容姿。いや、正確に言えば、想像の何十倍もの美しさだった。
 その長い髪は絹のようにたおやかで。その金色は、本物の金よりも光を放つ。
 その肌は透き通るように白くも、奥から生命を表す朱が浮かび上がる。
 その眼はオパールの中にサファイアを埋め込んだ宝石細工のよう。
 そして、目鼻立ちの整った、幼いながらも端正な顔立ちは、精巧に創られた洋人形のようだ。
 神々しいまでに美しい、幼い少女が俺を見下ろしている。
 俺は彼女を見上げたまま言葉を失って、くちをぽかんと開けている。

「――お兄ちゃん、誰?」

 その声までもが、美しい旋律に聞こえてしまう。
 だが、彼女の美しい歌声はすぐさま、背後からのねっとりとした声によって遮られた。いくつもの声が重複していて、ノイズが混じったようにぶつっぶつっ、ざっざっという音が混じっている。――そしてどこか俺の声と似ている。
 俺は、その奇妙な声に聞き覚えがあった。――忘れもしない声だ。

 その声が耳に入ったのか。少女の瞳は濁り、俺の背後に佇む影に怯えて、尻餅をついてがたがたと震え始めた。

「お兄ちゃん……助けて、あたし、その人から逃げているのっ」

 俺は振り向いた。

「――明日華ちゃん、連れないなあ。言っただろ。ボクたちと君は似た者同士だ。本物の存在を疎ましく思っている、世界に必要のないゴミ」

 俺を模倣しながら、誰よりも俺を憎む、俺の影。
 学校の屋上で、俺と美月を襲撃した、あの異形。

「……、木枯唯。君に会えてボクたちは最高にうれしいよ。ちょうど君に名乗りたい素敵な名前もできたし、自己紹介してやろう」


「ボクたちは、木枯零こがらし れい

 木枯零こがらし れい
 俺に似ていて非なる存在と形容するに相応しい自分を、皮肉ってつけたような名前。それを聞いた瞬間に、鏡花のあの嘆き声が、脳裏に共鳴した。

『じゃ……ない。こんなの唯じゃないっ』

 頭の中で血をだらだらと流した、“殺されたぬいぐるみ”が、ぽとりと落ちた。またひとつ。またひとつと、ぬいぐるみは殺されて、有象無象の死体の山となって、そのどれもが俺に羨望の眼差しを向けている。
 木枯零の、いくつもの人間の顔が入り混じって、渦を巻いているような奇怪な顔から感じる底のない嫉妬。
 そのふたつがシンクロした。

 美月から知らされた事実。
 俺は一度死んでいて、禁制魔法によって蘇った。

 そして、木枯零の存在は物語る。

おまえになれなかった、世界に必要のないゴミの掃きだめさ」

 その影で、いくつもの命が切り捨てられたことを。
 

 

<おまけSSその89>
風香「ちょっと――、聞いてないわよっ! あなた、今頃実はお母さんでしたーなんてふざけるんじゃないわよっ!」
美月「いろいろ諸事情があって、正体を明かすことができなかったの。バレてしまった以上仕方ないじゃない」

風香「どうりで、あたしのお兄ちゃん所有資格試験が突破されてしまうわけだわっ! トランクスの枚数や、隠し持っているエロ本の冊数まで当てるなんて、実のお母さんでなければできない芸当だものっ!」

唯「……、いや、なんで俺のお母さん、エロ本の冊数把握してんだよ」

<おまけSSその90>
日秀「唯、正直俺はお前を羨ましいと思っていた。――なにせ、あの美少女、美月に好かれているわけだからな。――だが、真実が明かされた今、俺はお前のことを羨ましいとは思わんっ! 美月はお前のお母さんじゃないかーっ!」
唯「いや、確かにそうではあるんだけど、あくまで裏の性格は、おそらくはお母さんとは別人だ。――そして、裏の性格も俺に対して好意を抱いでるし、俺も――」

日秀「はぁー、じゃあ結局カップル成立してるのかよっ」
唯「それに……、俺もお母さんに会いたくなかったわけじゃない」

日秀「そうだよな、俺もその気持ちわかるぞ。俺の母親も幼いころ死んだからな。唯――よかったな」
唯「おお、ありがとう」