(鶴岡八幡宮①から続く)

 

 

【2024年5月25日】

 

鎌倉駅から参道を歩き、約15分ほど。

 

かつて相模国の一之宮とされ、現在も多くの参拝客が訪れる有名スポットである鶴岡八幡宮に到着しました。

 

 

こちらの三の鳥居も、かつては江戸幕府四代将軍の徳川家綱が寄進した石造りの鳥居でしたが、関東大震災による倒壊によって、現在は鉄筋コンクリート製。

 

 

三の鳥居を潜り、すぐ目の前に見えてくるのが、

 

 

太鼓橋。

 

西暦1182年に源頼朝が鶴岡八幡宮の境内や参道を整備した時に造られたとされていますが、こちらも関東大震災で倒壊してしまい、現在の橋は再建されたものです。

 

この橋の左右には大きな池が広がっていて、

 

 

左側にあるのが平家池、

 

 

右側にあるのが源氏池と呼ばれています。

 

 

それぞれの池は蓮の花で埋め尽くされていて、源氏池には白蓮(源氏の旗の色)、平家池には赤蓮(平家の旗の色)があります。

 

という事になっていますが、実際のところ、現在は赤白の蓮が入り混じっているみたいですけど。

 

 

源氏池には3つ、平家池には4つの島があります。

 

元々は両方の池に4つの島があったそうですが、源頼朝の妻である北条政子の命令で源氏池の島を一つ潰してしまったんだとか。

 

それによって、源氏池は源氏の発展を願う「産(3)」、平家池は平家の滅亡を願う「死(4)」を意味するようになったそうです。

 

さすがは悪女の政子さん、なかなか性格が悪いですね(笑)。

 

 

本殿に参拝する前に、いつも通り、手水舎にて手を清めます。

 

 

ちょうど結婚式らしき団体さんが訪れていて、手水舎の周りも混雑していましたが、隙間を見つけて突入。

 

 

手早く両手と口を清め、先を急ぎます。

 

 

神事や神楽などが行われる舞殿。

「下拝殿」とも呼ばれています。

 

 

ここは大河ドラマでも描かれた、有名な静御前の舞が行われた場所とされています。

 

 

兄・頼朝と対立して逃亡した源義経と別れた後、囚われの身となった静御前。

 

頼朝の前で舞を披露することになり、義経を慕う歌を舞って頼朝を激怒させます。

 

しかし、女性としての気持ちを理解した北条政子に助けられるという名場面です。

 

舞殿の右側を抜けていくと、

 

 

多くの参拝客が訪れる若宮(下宮)があります。

 

鶴岡八幡宮の主祭神である八幡様(応神天皇)の子である仁徳天皇など四神が祀られていて、本宮に次ぐ重要な社殿とされています。

 

 

江戸時代、二代将軍の徳川秀忠によって建て直されたもので、江戸時代の建築様式を残す貴重な建築物として、国の需要文化財に指定されています。

 

 

(鶴岡八幡宮③に続く)