(日光の旅(4)から続く)

 

 

日光東照宮を訪れる観光客が必ず足を止めるスポットは、やはり、こちら。

 

 

神に仕える神馬が繋がれている神厩舎です。

 

德川家康公が「関ヶ原の戦い」で乗っていた白馬を初代として、江戸時代から現在まで、代々の神馬が飼われてきました。

 

残念ながら、私が訪れた時には、神馬は不在でした。

 

金色や赤に塗られた建物が多い中、この神厩舎はシンプルな素木造り。

そんな中、窓の上に並べられた彫刻が目立ちます。

 

 

 

有名な「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿。

 

神厩舎には、こうした猿の彫刻が八枚並べられており、人間の一生を表しています。

 

 

 

<一枚目>

仲睦まじく寄り添う親子の猿。

子供の猿は、親に全幅の信頼を寄せて見つめています。

一方、親猿は手をかざして子供の将来を窺っています。

親子の愛情と共に、子供の行く末に対する親の責任、みたいなモノも感じますね。

 

 

 

<二枚目>

有名な「三猿」。

子供の頃は「悪い話を聞くな」、「嘘や汚い言葉は言うな」、「悪いモノは見るな」。

すなわち、自分の為になる良い話を素直に受け入れ、綺麗な言葉を話し、良いモノを見る事で心を養い、様々な事を学ぼう、という事ですね。

 

現代に置き換えると、悪影響を与えるエッチな雑誌やTV番組は子供に見せてはいけません、という感じでしょうか(笑)。

 

ちなみに、この「三猿」は中国の『論語』が元になっていると言われていますが、本来の教えは「見ざる、言わざる、聞かざる、せざる」の四つだったそうです。

 

しかし、「せざる」を表した猿は『股間を手で隠した猿』。

そういう性的な意味合いを連想させるものは、さすがに神社には無理ですよね。

 

 

<三枚目>

やがて、思春期・反抗期を経て、少年は独り立ちしていきます。

 

 

<四枚目>

若い頃は向上心が大事。

大きな志を抱き、上だけを見て成長していきます。

 

 

<五枚目>

成長期には、挫折も付き物。

仲間や友達に慰められ、助けられながら、再び立ち上がっていきます。

 

混雑していたので、残る3つの彫刻は写真に撮れなかったのですが、

 

<6枚目>

胡坐をかいて思い悩む猿。

青年期には、恋愛の事や将来の進路の事で悩み、決断を迫られる事も多いです。

 

<7枚目>

横並びになった二匹の猿。

その足元には荒れ狂う波が。

結婚した二人ですが、若い二人には人生の荒波が待ち受けているんですね。

二人で協力して波を乗り越えるのか、それとも…

 

<8枚目>

次の世代の命を宿した、お腹の大きな猿。

出産を経て、かつての子猿は親猿となり、立場を入れ替えた形で1枚目の彫刻に戻る事で、人の世は繰り返していく訳です。

 

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「三猿」には、様々な解釈があるそうです。

 

 

「自分に都合の悪い事には耳を塞ぎ、目を逸らし、口を出さない」という大人の処世術だという解釈もあるそうです。

 

また、別の解釈では、

耳を塞いでいる猿も、目は開いている。

目を塞いでいる猿も、耳は開いている。

しかし、三匹とも口だけは塞いでいる。

すなわち、

他人の悪い事を見てしまうかもしれない。

他人から悪い事を聞いてしまうかもしれない。

でも、決して他人の悪口や中傷を口に出してはいけません。

 

個人的には、これが最も現実的な教訓に感じますね。

 

 

(日光の旅(6)に続く)

 

 


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