以前、鹿児島銀行頭取と懇談させていただいた際に、20世紀最大の経済学者の一人であるJ.A.シュンペーターの有名な言葉「郵便馬車をいくらつないでも鉄道にはならない」という言葉を、私の方から切り出しました。

 

すると、「ああ、それはシュンペーターの言葉だね」という言葉の返しがありましたが、ここで止まれば「経済人の常識」の範囲内。

 

しかし、そこから先があり、「では、シュンペーターが真の企業家と言っていたのは誰だか知ってるか?」と逆質問されました。

 

この一言で、「この御仁はシュンペーターの経済発展論を熟知している教養人だ」という確信を得ました。

 

シュンペーターは、現代日本における多くの分野の解決策として期待されている「イノベーション」という概念を生み出した(不幸な)天才です。

 

そのイノベーション理論によれば、イノベーションを担うのは企業家であり、イノベーションの形態には

  1. 新しい生産物または生産物の新しい品質の創出と実現
  2. 新しい生産方法の導入
  3. 産業の新しい組織の創出
  4. 新しい販売市場の開拓
  5. 新しい買い付け先の開拓

の5タイプがあるというのが、よく知られている部分であり、ここまでは手軽なビジネス書でも紹介されているところ。

 

しかし、シュンペーターの著書、あるいは、その研究者による専門書を読めば、実は、シュンペーターが重きを置いていたのが、企業家の背後に控える「銀行家」であることに気付かされます。

 

雨後の筍のように、同時多発的に勃興する新しい企業群(産業)に対して、リスクマネーを供給しうる銀行家の存在が、経済全体の飛躍を促す上で、大変重要な役割を担うとしています。

 

「銀行家は単に「購買力」という商品の仲介商人であるのではなく、またこれを第一義とするものではなく、なによりもこの商品の生産者である。しかも現在ではすべての積立金や貯蓄はことごとく銀行家のもとに流れ込み、既存の購買力であれ新規に創造される購買力であれ、自由な購買力の全供給はことごとく彼のもとに集中しているのがつねであるから、彼はいわば私的資本家たちにとって代り、彼らの権利を剥奪するのであって、いまや彼自身が唯一の資本家となるのである。彼は新結合を遂行しようとするものと生産手段の所有との間に立っている。社会的経済過程が強権的命令によって導かれていない場合にのみいえることであるが、彼は本質的に発展の一つの現象である。彼は新結合の遂行を可能にし、いわば国民経済の名において新結合を遂行する全権能を与えるのである。彼は交換経済の監督者である。」(『経済発展の理論(上)』p197-198。傍線は筆者)

 

シュンペーターの経済発展理論にも造詣が深い鹿児島銀行頭取は、最近、県内で進む大型プロジェクトに対しても積極的な発言をしています。

 

昨日は、どちらかと言えば、既存の商圏間でパイの奪い合いが起きないように、鹿児島本港区における大型商業施設に対しては否定的な意見が相次ぐ中で、あえて鹿児島銀行頭取が「鹿児島本港区における大型商業施設の建設に対して理解を示す」という報道がなされました。

 

この発言の背景には、恐らく、単なる商圏間の競争激化という小さな視点ではなく、産業革命以来の、IoT、人工知能、ロボットなどの技術革新が進む中で、鹿児島経済のバージョンアップを図っていくためには、積極的な競争原理導入による切磋琢磨こそが重要だという認識があると(勝手に)解釈しています。

 

更に言えば、そこには競争状態に陥ったとしても、最終的に地元企業は勝ち残り、新興企業との共存共栄関係を成立させることができるという地元企業や経済界に対する信頼感もあるのだと。

 

鹿児島経済の底力を引き上げる。そのために、どのような経済観を持つべきなのか。

 

色々と考えさせられた報道でした。

 

 

 

 

 

 

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