昨年末に発刊された、塩野七生最後の歴史エッセイ『ギリシア人の物語Ⅲ:新しき力』をようやく読み終えました。
数多くの魅力ある歴史上の人物を描いてきた塩野が、最後に書いたのは、ハンニバル、スキピオ・エミリアヌス、そしてユリウス・カエサルという3人の古代名将が模範としたアレクサンドロス大王。
20歳でマケドニア王国の王となり、20代で東方の大国アケメネス朝ペルシアを征服し、広大な版図の王国を築き、そして32歳で病没するという、まさに駆け抜けた人生。
アレクサンドロス大王の事跡については、世界史の教科書で「オリエント時代の幕開けを築いた人物」程度の知識しかなく、先に映画『アレキサンダー』を観ていたため、かなりエキセントリックな人間という先入観がありました。
しかし、塩野が描くアレクサンドロス大王は、新たな時代を切り開く構想力、若さ溢れる行動力、さらに、戦争に勝つために必要な分析力とバランスが取れた、まさに「大王」という称号に相応しい人物像。
もちろん、若さ故の猪突猛進や感情的対応なども時折見られるものの、哲学者アリストテレスの下で身に付けた遠謀深慮で、数多くの危機を乗り越えるという人生。
かくも魅力的な人物が鮮やかに描かれていますが、アレクサンドロス大王の人生の終焉期を襲った悲劇と、死にゆく最期の叙述を読んでいると、SF小説『銀河英雄伝説』のラインハルト・フォン・ローエングラムを想起させました。
同作品の作者である田中芳樹によれば、ラインハルトのモデルは、アレクサンドロス大王、カール12世、そして、ナポレオン1世という古今東西の英雄の集合体ということは知っていましたが。
例えば、幼馴染みであった親友を失うことにより、あたかも魂の半身を失ったかのように、精神的な欠落が見られるようになること。
少年時代のアレクサンドロスとヘーファイスティオンの教師であったアリストテレスは、この二人を評して言ったという。
一つの心が、二つの肉体に分れただけ、と。
アレクサンドロスは、心の半分を失ってしまったのである。常にかたわらに居るのが当り前になっていた、少年時代からの無二の親友を失ってしまったのであった。
いつでも、どこでも、友はそばにいた。古代の史家たちは、そのヘーファイスティオンだけが、アレクサンドロスの心の内をすべて知っていた、と書く。
何でも話せたから、知っていたのだ。だが、ヘーファイスティオンは、王とはこうも近い関係にありながら、それを自分の利益のために使うことは一度としてなかった。
誰もが、この二人の特別な関係は知っていた。だが、特別な関係にある、ということ以外は何もなかったのだ。
そして、死に際して、静かに臣下と会話(言葉はなくとも)をしながら、見送られるという姿。
広大な王宮の庭園に、ひと目王に会いたいと願う兵士たちの長い行列ができた。
アレクサンドロスには、以前のように、寝台の上から兵士たちに向って両手を振ることで、まだ生きていると知らせるだけの体力は残っていなかった。
庭園に移された寝台に伏すアレクサンドロスには、上体だけでも起す力さえもなくなっていたのである。それでも彼は、多くのクッションにささえられて、少しにしても上体は起した。
その王の前を、一列になった兵士たちが通り過ぎていくのだった。ある者は、声もなく泣いていた。またある者は、口をきつく結んで、泣かないように努めているかのようであった。
その彼らの一人一人に、若き王は、頭と眼を少し動かすことで答えていった。もはや声さえも、出せなくなっていたのである。 こうして、長年共に闘ってきた仲のアレクサンドロスと兵士たちは、最後の別れを告げ合ったのであった。
別れを告げた後も、兵士たちの誰一人、去って行った者はいなかった。全員が、庭の中に留まっていた。
そして、アレクサンドロスも、最後の一兵まで、無言で別れを告げることはやめなかった。
すべてが終わって再び王を乗せた寝台が宮殿の中に運びこまれるのを、兵士の全員が見送った。これで、真の意味の告別の式は終わったのである。
塩野は、本作品をもって、歴史エッセイとしての長編小説の断筆を宣言します。
作者と読者の双方向的な関係と、作品に対する支援があってこそ書き続けたという感謝の念を述べながら。
ほんとうにありがとう。これまで私が書きつづけてこれたのも、あなた方がいてくれたからでした。
そして、「歴史エッセイ」にかぎったとしても、全作品を図にしてみたので、それも見てください。
あなた方が、どの作品の助成者になったかも、一見しただけでわかるはずですから。
最後にもう一度、ほんとうにありがとう。イタリア語ならば「グラツィエ・ミッレ」。つまり、「一千回もありがとう」。
私が彼女の作品に出会ったのは、高校3年の1995年なので、20年以上にわたり、フォローし、読み続けてきました。
こんなに長きにわたり、フォローしているのはガンダム以外にはありません(「オタク」たる所以です)。
もちろん、全作品を読みました。中には、一度だけでなく、3回も、4回も読んだ作品もあります。
私こそ彼女に対して感謝したい。
貴女の作品を読むことによって、私は様々なことを学び、心豊かな人生を歩むことができました。これから先も、人生の中で、悩みや苦しみと遭遇するかもしれないけれど、貴女が紹介してくれた人々を友として、選択し、決断することにより、自分らしい人生を送っていきます。
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