国民作家であり、歴史小説家でもある司馬遼太郎が、晩年に残した対談集の中に、『日本人への遺言』という作品があります。
その中で、田中直毅との対談の中で、現代日本人の倫理観や気概の欠如を厳しく批判している内容がありました。
「(私の)家の横にネギ畑がありました。…・・老人が二百坪ほどの畝を作り、宅地転用になる時期を待っていて、それまでの間、ネギを植えているという感じでした。(土地の値上がりだけを待っている。)ネギ畑を眺めていて、どうやら労働の価値というものはこれで終わりだなと思ったのです。ネギを作っている老人の心はささくれだっているだろう。労働の価値が吹っ飛び、ものを作る喜びもない。このまま日本全国がそうなれば我々が千年以上もの長い間に培ってきたモラルが崩壊するなと思いました。」
「土地を投機対象に使ったり、転がしたりするということは、良くないことだとどこかで思ってくれれば、ああいう顔にならずにすむんですが、山口敏夫さんはなにが悪いんだという顔でした。(略)資本主義を野放しにすれば猛獣の食い合いになるということはわかります」
出版当時に読んだ際には、司馬さんが土地の公有制という、いわば社会主義的政策を志向しているのかと、多少驚きと反発を感じましたが、当時の読みの浅さを反省する次第です。
司馬さんが言いたかったのは、土地の所有権(私有権)を絶対視するあまり、土地を起点として営まれていた共同体利益や公共性が喪失されてしまうことへの警鐘だったといえます。
今回の事件も、本を糺せば、文化財の指定を受けた歴史的建造物が、民間企業により私有されているからといって、公共性や公共の利益を度外視していいのか、という点に関する疑問だったりするわけです。
今、改めて、本書を読み直して、今回の事件を再考したいと考えます。
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