みなさま、ごきげんよう。
やちよです。
こちらでは随分とお久しぶりですね。
どういう挨拶でブログを書き始めていたのかすら思い出せず、前回書いた記事を見返しました。
今後はなるべく更新頻度を上げていきたい所存です。
さて、本日みなさまにお話したいのは、タイトルにあります通り、ぬいぐるみについてです。
フェリシーのHPにある私のプロフィールにも記載しているように、私はぬいぐるみ集めが好きです。
ただ、単に「ぬいぐるみが好き」というわけではありません。偶然の出会いで心に刺さるぬいぐるみを見つけ、自分のお金で購入し、既に家にいるぬいぐるみ達とその日購入したぬいぐるみの関係性や立ち位置を考える、そういうプロセスも含めてぬいぐるみ集めが好きなのです。
なので、ぬいぐるみならなんでもいいわけでは、断じてないのです!
これは...!と思うようなぬいぐるみに出会うことはそう容易くありません。見つからない時はほんとうに見つからないものです。見つけたとしても、その時買わなかったことで購入の機会を逃してしまうことがあります。
去年の夏ごろ、通りかかったお店でイノシシのぬいぐるみを見つけたのですが、値札を見てすこし考えてしまい、買わずに帰ってしまったことがありました。そのイノシシは誰かの手に渡ってしまったのか、それ以降見ることはなく、今でもその時の後悔が消えません。ですから、見つけた時こそが購入の時なのです。
そして先日見つけたのは、株式会社童心の通販で販売されていたぬいぐるみです。
こちらの商品紹介ページをご覧ください。
ド バ ト のぬいぐるみです。
この、すこし片寄ったかたち、ちょっとふしぎな表情、どこか凛々しい立ち姿(?)が堪りません。
詰まるところ、ぬいぐるみに於ける私のタイプは、こういう余白があるぬいぐるみなんだろうと思います。このドバトがこの表情でなにを考えているのか、私には分かりません。なにも考えてなさそうな気もするし、何かむつかしい哲学的なことを考えてそうな気もします。そこが魅力的に感じます。
言ってしまえば、ウケを狙ってなさそうな感じが好きなのです。無駄がなく、綺麗で、分かりやすく、明確な商業性を帯びたぬいぐるみもいいですが、そういうのがあまり感じられないもののほうが私は好きです。
ドバトはもちろん購入しました。
注文してから3日ほどで発送され、お昼ごろに届きました。天気のいい日でよかったです。
そして届いたドバト
なんてかわいいんだろう。
なんてかわいいんだろう!!!
通販の紹介画像よりもまるくて横に大きい。存在感がある。自身の毛に埋もれて目が見えなくなっているところがすごくいい。手に馴染む。収まりがいい。特に背中は撫で甲斐がある。若干嘴が曲がっているところがいい。綿がギュッと詰まっていて、少しのことでは動じない、静かな気迫も感じる。
きっと今いるぬいぐるみ達のなかでも、頼りにされる存在になるに違いありません。多くは語らないけれど何か大切なことを教えてくれそうなドバトです。
届いてからすぐ日に浴びせました。やっぱりドバトには、あたたかい日が差すところにいて欲しいからです。
いま上唇の真ん中の皮が切れていて笑うと痛いのですが、このドバトを見ているとそんな注意も忘れて微笑んでしまいます。
家にお気に入りのぬいぐるみが増えてうれしい限りです。また機会があれば、いま家にいるぬいぐるみのことももっと紹介したいです。私だけが見るのは勿体無いと思うぐらいみんなかわいいからです。今回のドバトと同じ熱量でみんなのことを語れます。
それではまたお会いしましょう。