先日の東日本大震災によって被災された皆さま、
心より、心より
お見舞い申し上げます。
地震が起こったとき、
私の住む、名古屋でも揺れました。
珍しく、揺れが大きいので、
テレビでCSがついていたのを、民放に切り替えて、
地震速報を視ると、非常に大きな規模なんだと判り、怖くなりました。
阪神大震災のときは、
ちょうど中学生で、自宅に帰宅すると、テレビから凄まじい光景。
大学が関西だったので、震災にあった人の話を聴くこともありました。
相対して、
私の住んでいる地域は、
幼い頃から、近いうち地震が来ると言われ続けて、いまだ起こらず。
他の地域でばかり地震が起こることに、
自分はたまたま運がよく、恵まれているんだと、妙な気持ちになり、
被害にあわれた方達の姿を視ると、
言葉では表現しがたい、不思議な申し訳なさを感じるのです。
故に、
正直、報道を視る気持ちになれず、
揺れの酷かった地域に住む友達知人に連絡を取ることくらいしかできませんでした。
その友人もちょうど、年末に引越しを済ませて、
それまで住んでいた建物が非常に古く、耐震工事の予定が先送りになっていた
建物だったので、かつ最上階だったので、
友人が被害にあわず、怖い思いをせずに、良かったと思うばかりで。
落ち着いてから、色々と人や媒体などから、被害状況を聴くと、
悲惨な被害を知り、心痛み、安穏とした時間を送ることに抵抗を感じ、
でも、自分は無力だと感じるのでした。
募金をしたり、わずかなことでしか、支援ができないこと。
自然の猛威の前には、
人は無力で、生かされて生きているという現実を突きつけられるばかり。
以前、NHKの番組で、
定時制高校に通う、阪神大震災に遭われた人達のドキュメンタリーを観ました。
被害に遭われた方は、その人しか苦しさは理解できない。
どんなに理解してあげたいと人は思っても、
家族を亡くした人と同じ辛さ、悔しさを共有はできません。
逆に、被害が少なかった方は、自分達だけ被害がほとんどなく、
身近に接する人が苦しんでいるのに、自分だけ無事ということが重荷というか苦痛だったと
仰っていました。
今はまだ、全てが落ち着いた訳ではないでしょうし、
これから、上記のような悩みも生じてくることがあるでしょう。
だけど、
挫けないで。自分らしさを大切に、
少しでも早く穏やかな生活を取り戻せます様に。
辛いひと皆に、優しい歌が届きます様に


