1冊目は4,5年前くらいに購入した本で、徳間書店出版の山田剛著『伊豆の山奥に住む仙人から教わったからだがよみがえる「食養術」』。読んでマネしたいなと思ったけど、その頃はそこまで健康に気遣う必要を感じていなくて結局読んで終わりにしてしまっていました。

 この本は、健康状態の良くなかった著者が西伊豆の山奥に住む仙人こと秋山龍三氏と出会い、一日二食の玄米菜食のごはんでどんどんからだが変わっていく様子を詳細に記したものです。巻末には722食の献立が載っていて、文字だけだし内容も全然ごちそうとかではないけど、昔から日本人が食べてきた当たり前の食事って感じですごくいい。

 

 2冊目はその秋山龍三著の『「食事」を正せば、病気、不調知らずのからだになれる』。秋山先生の柔らかい表現だけどみんなに健康になってもらいたいという強い思いが感じられる文章とイラストレーターの草野かおるさんのイラストでどんどん読み進められる大好きな本です。

 

 3冊目は上の本の実践編ともいうべき本で、『病気、不調知らずのからだになれるふるさと村の食養ごはん』。

この本には食養ごはんの作り方が親切丁寧に書かれているので、安心して取り組めそうです。作り方だけでなく食養の基本的な考え方や、ふるさと村の基本の食養ごはんも紹介されていてわかりやすいし、章の終わりのコラムもうれしい。

 

 そのコラムの中から、『食べ物が血液を作り、血液がからだを作る』『動物に医者はいない。動物は断食・安静・保温でからだを治す』『人類は飢えの歴史。祖先は何千年間も、今のような多品目を食べていない』『日本人が長く食べてきたものを基本にする』

 

 この基本的な考え方で食養生活やっていきます。

 考えてみればずっと若い頃から、食べ物だとか化粧品だとかそういう自分の身体に影響しそうな物に対しての疑いを持っていた。

 いつもというわけではなく、ふとした瞬間に心配になるって感じだけど二十歳の頃は塩で歯磨きをしていたし、髪も石けんで洗っていた。

 

 だけど、友達とはファストフード店にも行くし夏のアイスもやめられないという中途半端な感じでそのうち、何食べてもいいや、こんなにおいしいものや便利な物があってそれが手に入れられるってことは、それを楽しみなさいという神様の思いなんだって自分勝手に解釈することにした。

 

 それでも、結婚し子供が生まれるとやっぱりオムツは布だよね、もちろん母乳で育てて洗濯は粉石けんだし離乳食もすべて手作りで、、、。だけどね、そんなのは長くは続かない。だって、そうするための確固たる信念はなかったから。そのほうがいいけど、時間があれば眠りたいし子供と遊びたいし、楽はやっぱり嬉しいから。

 

 そんなこんなで、思い出したら少し身体に良さそうな物を選ぶってくらいのゆるい感じでしかなかった私の日常。子供たちも成長し次々と巣立って行って、今は自分のことだけを考えられる状況になった。子供たちの父親とは離婚し今は新しい夫との二人暮らしで、午前中だけのパート仕事で時間もたっぷりとできた。

 

 気づけば50代最後の年になり、少しずつ身体にもガタがきた感がある。朝起きると手指にこわばりがあったり、先日受けた職場の健康診断で血圧が今まで見たことのない高数値になっていたり、、、。これって、歳ってことなんだよね。哀しいけれど仕方ない。受け止めるしかないけど、でも待てよ。今こそ、自分のための食養生活を試せる機会じゃないかい?

不調の自覚が少しあり、生活を変えることで結果がわかるだろうことはモチベーションにもつながるし、これやらない手はないよねー。

 

 ということで、食養生活を始めます!今はまだ、準備中だけど7月からは本格的にやるよー。

 

辛くて仕方ないのに、逃げたらだめだと思っていた。

頑張らないといけない、一度始めたらやり遂げなくてはいけない、すぐに逃げ出すなんてカッコ悪い。

 

幼い頃から泣き虫で感受性も強かったから、他の人が気にならないことにも反応して、一人傷ついたり動揺したり、、。

自分がおかしいのかと自分を恥じたり、傷ついていることを誰にも知られないように隠したり、、。本当に生きづらい人生だよな。

 

父親の仕事の関係で、引っ越しも多かったし故に転校も多くて、仲良くなれそうなクラスメイトを見つけても本当の友達になる前にまたお別れってことも多かった。自分の気持ち、自分の想い、辛かったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、死にたくなったこと。すべて自分の心の中だけにしまって、誰にも打ち明けられずにいた。親が望むだろうと想像する子供像を必死で演じて、それがうまくいったかどうか親の顔色をそっと盗み見て、安堵したり焦ったり。

 

そんなのは子供のうちだけだろうと、きっと大人になったら一人で何でもできて自信もついて、悠々と生きていけるんだろうと考えていた。だからもう少しもう少し頑張ろうって。だけどね、それが還暦近くなっても全然変わらないだなんて想像もしてなかったよ。

 

自分が辛いと感じる環境に自分を置き続けることも仕方ない、それが大人として生きることだと思っていた。

それができないってことは、この世界では生きることができないってことなんだと勝手に思っていた。

だけど、やっぱりまだまだ生きていたい。だって、楽しいこともあるから。笑える日もあるから。そして、自分の気持ち次第でそんな日を増やすことができるってことにも、気づいたから。

 

だから明日、仕事辞めてくる。

私は私を助ける。

もう2年も前、庭のバラの写真を撮りたくてミラーレス一眼カメラを買った。

 

今まで、デジカメやスマホのカメラしか使ったことがなかったから初めての一眼カメラは難しく、適当に数枚庭で鉢花を写してみたけど、ピンとこなくて結局ずっと防湿庫の中に入れっぱなしにしていた。

 

防湿庫の前を通るたびに、心のどこかでチクッと痛むのを感じていたけどなかなか取り出すことが出来なかった。

 

それが今年もバラの花が咲く季節になり、やっぱり美しいバラの姿を残したいって気持ちが強くなり2年ぶりにカメラを手にした。

 

私の父はカメラが好きで、私が幼い頃から家族でどこかへ出かけるとなると必ずカメラを携帯していた。楽しく遊んでいても名前を呼ばれ父の前に姉と二人並ばされて、シャッターを切るまで動いたらだめって言われるのはとても窮屈で嫌だった。

 

それでも、家族でアルバムを見るのは好きだったしカメラを手にしている父はカッコいいとも感じていた。だから、父のお古のバカチョンカメラをもらって私も小学生の頃から写真は撮っていたなぁ。昔のカメラだから、小さくて性能も全然良くないし出来上がった写真もいいんだか悪いんだかもわからなかったけれど、ただ楽しかった。

 

父はレンズを購入するためだけに、飛行機に乗って都会の大きな店に行くような人だったけれど、その頃はそれをなぜ母に内緒にしているのかはわからなかった。きっと、すごく高かったんだよね。だけど、大好きなカメラのレンズを買いに飛行機に乗って出かけるのって絶対楽しいよね。わくわくしていたんだろうな。あまり表情を表に出さない父だけど、想像すると笑えるよ。

 

この一週間ほど、開き始めたバラの写真を撮ることが日課になっている。昨日はつつじ祭りに行くのに初めてカメラを持って出かけてみた。まだマニュアル撮影をする技術はないのでカメラにお任せで撮っているけれど、楽しい。シャッターの切れる音を聞くたびにわくわくする。大好きなものをきれいに撮りたいってただそれだけなんだけど、実は愛にあふれた行為なんだってことに初めて気付いた。

 

二人並んだ娘たちをファインダー越しに見ていた父は、言葉で伝えられない気持ちを写真という形で伝えてくれていたのだ。

父の撮った写真、そこにはその景色を見つめる愛あふれる父の姿も写っていた。

今朝、起き上がる前に布団の中で気付いたこと。

私の願い、叶ってるじゃん、、、。

 

ちょうど一年前、まだ仕事してて忙しかったから、庭のバラの花が次々と咲いて夢のような空間になっているのに十分に堪能できなかった。

休みの日に疲れた身体に鞭打って一生懸命お世話して、やっとやっとバラのいちばん素敵な姿を見られるって時に仕事に出かけなくてはいけなくて、せっかく咲いたのに咲き誇っているのにゆっくり見る時間もなくて、、、何のために頑張ってきたのかなって思った。

時間を気にせずにバラのそばにいられるのは休みの日のほんの少しの時間だけ。辛い、辛すぎる。私は時間を気にせずバラのそばにいたい。蕾の時も開いていく様子も見たいし、香りも十分に楽しみたいんだよー。それから、私のトリさんたちとももっと遊びたいし十分なお世話もしたい。テディベア作りも本格的にしたい。

そんなこと、考えていたのを思い出した。

これ、今は全部できている。

 

あの時すごく強く願ったから、現実化しているんだよね。

 

昨年末、長年勤めた会社を退職して自由な時間がたっぷりできた。今は、失業給付金をもらいながら次の仕事を探している状態だけど、好きな時間に起きて好きな時間に寝て、家事も好きな時に好きなようにやって、やりたくなければやらなくてもだれにも何にも言われなくて、身体は元気で悩みもなくて、、、。今、最高じゃん。

 

エイブラハムの教え、やっぱり本物だ。

 

さあ、次は何を願おう!