今日はいつもの記事と全然温度感違くてすみませんお願い

 

というのも、

自分の強迫性障害のことをようやく振り返る余裕ができたので

どこかに書いておきたい、

 

そしてそれが誰かの参考になれば嬉しいと思ったからです。


今は強迫性障害になる前の状態に戻っていると思っています。

(目に見えるものじゃないので、判断難しいですよね)

 

ということで

 

こちらゆっくりと書かせてください。

数回に分けてのんびりと更新します。

 

苦手な方はそっと閉じて頂いて大丈夫です。

 

では始まります。

 

あの頃、私は強迫性障害になった

コロナ禍のあの時期、私は強迫性障害になりました。

 

元々自分はどちらかといえばおおらかな性格でした。

細かいことをあまり気にしないタイプだったと思います。

 

けれど仕事で“ミスが許されない場面”が増えるうちに、

少しずつ自分が変わっていったのを感じていました。
 

たとえば医療現場のように、一つのミスが大きな影響につながるような緊張感のある仕事です。

そうした環境の中で、私はだんだん神経を張り詰めるようになり、

以前よりずっと細かいことを気にするようになっていました。

 

今もですが先回りして色々確認することも多く、

ドキドキする場面もよくありました。


そんな中、ちょうどコロナ禍の時期に異動があり

仕事内容が大きく変わりました。
 

新しい部署では、これまで以上に責任が重く、扱う情報にも高い機密性が求められました。

 

社内でも口外できないことが多く、常に気を張っていなければならない毎日。

他部署の人との会話でも気を使いました。

 

そんな状況でも

同僚は器用にこなしているなと思えたので

きっとその環境そのものより、私の性質との相性が良くなかったのかもしれません。

 

さらにその頃、子どもたちはまだ未就学児でした。


コロナの影響で幼稚園にも思うように通えず、

家にいる時間が長くなり、在宅勤務と育児の両立は本当に大変でした。

 

当時住んでいたのはマンションで、子どもたちが家の中で過ごす時間が増えたことで、

下の階から足音の苦情も来てしまいました。

 

絨毯や防音マットを増やして対策はしたものの、

それでも「また響いているのでは」と気が休まりませんでした。

 

子供達が動くたびに注意しながら

また足音が響いてしまったのではないかと、ドキドキしていました。


子供達もまだ幼く、またイヤイヤ期もあったので

注意したり叱っても

なかなかうまくいかず


子供達が寝るまで、

いつ足音を立ててしまうのか不安で仕方なかったです。

結論をいうと、このマンションは引っ越してきたばかりだったのてすが、

下の階からの苦情を受けてすぐまた引っ越しました。

仕事中、子供たちの動きを止めたりすることも難しく、

下の階の方にご迷惑をおかけするのが申し訳なさすぎてたまらなかったからです。



世の中全体を覆っていた、

あの重たい空気感もあったと思います。


 

異変に気づいたのは、仕事中でした。

 

ある日、いつものように慎重さが求められる作業をしていたときのことです。


「本当にこれで合っているのか」が急に不安になり、確認しても確認しても安心できない。

何度見直しても、また不安になる。その繰り返しで時間だけがどんどん過ぎていきました。

 

気づけば心臓が激しくドキドキして、息苦しい。
 

最初は「自分が心配性だからだ」と思っていました。

 

でも、確認が止められず、終業時間が迫る中で苦しくなっていく自分に、「これはおかしい」と初めて感じました。

 

やがて、その症状は仕事以外にも広がっていきました。

 

休みの日には、家から出ることが怖くなりました。
 

火を消したか不安で、出かける前に何度も何度も台所へ戻る。

 

確認したはずなのに、また不安になる。

 

さらに次第に、「誰かに監視されているのではないか」「自分が何か失敗して、それがネットにさらされているのではないか」と思うようになり、ニュースやSNSを何度も確認するようになりました。


スマホから情報が抜き取られている気さえして、ついにはガラケーに変え、保存していた連絡先も夫以外すべて消してしまいました。

 

でも、そのときの私は、それが病気の症状だとは思っていませんでした。
 

ただ、自分の中で何かがおかしくなっている感覚だけがありました。

 

最初は、PMSかもしれないと思って婦人科を受診しました。

ピルも処方されましたが、まったく改善しませんでした。

 

どうしていいかわからず、夫や友人に相談を重ねるうちに、ようやく「メンタルクリニック」という言葉にたどり着いたのです。