岩手県の宮古市です
津波の日、
テレビでいつも見てた海岸のすごい状況を泣きながら見てた
父は海岸沿いの仕事場
おせっかいだから
人の世話してて逃げ遅れてないかな?
家はちょっと高台にあるけど
母はちゃんと逃げたかな?
兄貴は?
お嫁さんは?
姪っ子ふたりは学校から帰れた?
海岸沿いの国道を通らないと
家には帰れないような場所
心配で心配で
繋がらない携帯に何度も電話をかけてた
みんなの無事が確認出来たのは、
4日後
一通のハガキが届いた
そのハガキには泥が付いており
父の字で
皆、無事だから
心配しないでって
書いてあった
何とか無事を知らせないと思い
10キロ歩いて、本局に投函したとゆう話しでした
自分に出来る事は何かと考え
物資を送る事にした
佐川急便だけは配達してくれてるということで食料品を詰め込んでおくった
本当は直ぐにでも行ってあげたかった
来なくて良いょ~
大丈夫だから
って、母の言葉
落ち着いて9月に実家に帰った
母の姉妹の家、釜石まで会いに行ったりした
見慣れた景色は変わり果てていた
忘れてはいけない
平凡な日々が幸せなんだと思う
椿
連れて
来年こそは遊びに帰ろうと思います
