こころの海の渡航記

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#640 精神医療への疑問(1)ー知覚の話・音楽が聞こえるー【定期更新20160213sat.】

しばらく更新できずに失礼をしました。ひと月経ってしまい、ご心配をおかけしました。

今日はとてもあたたかく、締められるような寒さから少し解放されてほっとします。

さて、このブログでも紹介をしたことがある岡南さん著の『天才と発達障害』(講談社)。当時、私の理解を超えた話を、まさに衝撃的に現実感あるものとして目の前に現してくれた内容でした。「視覚で思考をする人がいる。」そのことは、今でもカウンセリング等でとても役に立っています。
しかし、それと同時に私自身の知覚の仕方をも、その謎の紐解きをしてしまったのです。つまり、私自身が幼い頃からずっと「普通」であったことが、大多数の人には当てはまらない、他の人にとっては「普通ではない」ことが歴然としてきたのです。私にとっては、誰もがそうだと思っていた、思い込んでいたことだったゆえに、衝撃的でした。

私は、人と話をしたり、自分が話をしている時間、そして実際に音楽を聴いている時間以外は、大概頭の中、耳の中で音楽がなっているのです。もしも同じパターンを持っている方であれば、この説明だけで何のことを言っているのかおわかりでしょう。でも、このことが「普通ではない」方にとっては、何のことかさっぱりわからないかも知れません。かつて、「どうやら耳の中で音楽が自然に鳴り始めることが誰にでも起こることではないらしい」と気づき出した頃、あるセミナーで参加者に訊いてみたのです。20名ほどいたでしょうか、「実際に音楽を聴いていない時でも、耳の中で音楽が自然に鳴っている方」と訊きましたところ、手が挙がったのはいいところ一人。いいところと言うには、その方も常時鳴っているわけではなく、鳴らすことができるというものだったからです。
このことは、私に衝撃を与えました。「普通」だと思っていたことが「普通ではなかった」のです。どんな風に鳴っているかと言えば…まず朝目覚めるところから始まります。眠りの意識から浮上して、段々覚醒してきた時、実は既に自然に音楽が鳴っているのです。鳴らそうという意思で鳴っているわけではなく、そうなっているのです。ここでひとつ言えるのは、必ずしも好みの音楽、楽曲が鳴っているわけではないということです。平たく言えば、無意識で気になっている楽曲が鳴り響いているわけで、正直好みではないものならば「何でこの曲…。」とゲンナリすることもしばしばです。強制的にストップさせたり、別の楽曲に切り替えたりすることも意思によってできますが、ちょっと気が抜けるとやはり再び聞こえてくるのです。そんな風に始まる一日、自分が話している時や人の話を聴いている時、脳の中で言語を使った論理的思考になっている時や実際の音楽を聴いている時を除いて、殆ど耳の中では楽曲が流れています。勿論、実際の曲には勝りませんが、でも聴いているかのように聞こえるのです。敢えてウォークマン(かつてソニーから発売された携帯音楽再生機器の商品名。カセットテープ、CD、MDなども後に現れ、現在のポータブルデジタルオーディオプレイヤーに通じる)など持たずとも、周囲の音と同時に耳には音楽が流れているのです。ナチュラルウォークマンといったところでしょうか。そして一日を過ごして夜の就寝、意識が徐々に睡眠へ傾いてゆくまで聞こえているのです。

日常生活そのものが音楽とともにある望みはずっと変わりませんし、今でこそ生活環境が変化してきたのであまりできませんが、朝起きてすぐにCDなどで音楽を鳴らし、出かける直前まで聴き、帰宅したらすぐに音楽を鳴らし、就寝直前まで聴いていたという生活を過去に送っていました。それを見ていた母親がある時こう言いました。「こんなにも音楽が好きだとは思わなかった。小さい頃は音楽が大嫌いだと思ったもんだけれどね。」と…。私にはその意味がよくわからず、なぜかを訊いたところ、面白いエピソードが出てきました。
私がものごころつく前、母親が鼻歌を歌っていたら私がものすごく機嫌がわるくなり、やめろとばかりに態度で示したそうなのです。それを見た母親は、この子は音楽が嫌いなんだと思ったとのこと…。勿論私にその記憶はありませんが…なるほど、確かにその態度ならば嫌いと思われても仕方ないのかなと思います。しかし、エピソードを聞いた瞬間にわかったのは真逆ゆえの理由があったであろうということです。つまり…私は音楽が好きで、口ずさまなくとも耳の中で、頭の中で曲が鳴っているからこそ、実際の音、聞こえてくる曲によって頭の中の曲を掻き消されたくないのです。自分だけの音の世界が広がって浸っているにも関わらず、掻き消された日には機嫌が悪くなる…というカラクリなのです。

今でこそ機嫌が悪くなって態度でまき散らすことはありませんが(多分…)、店舗などでかかっているBGMは致し方ないとして、人の歌う歌によって掻き消されるのは本当に嫌でした。だから私は、人の頭の中の曲も掻き消したくないから鼻歌や歌うということを一人のときしかしたくないのです。でも…それはどうやら私の思い過ごし、人の頭の中でかかっている曲がないのなら、そこまで気をつかわなくてもよかったのか…ということでもあります。とは言っても、自分の世界に広がる音楽の世界をやっぱり大切にしたいと思います。

さて、いよいよ本題…私にとっては耳の中、頭の中の音楽が普通だったのですが、このことをもしも精神医療の世界で話したら…とかつて考えてみました。
もしかすると、幻聴などと評されて、統合失調症という診断も下されるのだろうかと想像をしてみます。仮に診断が下されても、そうであるかどうかは私には問題ではありません。ただ、「聞こえる」という言葉だけで表現したり、「頭の中で鳴っている」などと伝えたら、早合点するドクターだとレッテルを貼りたがるのだろうな…と思いつつ、もしかしたらそんなことで苦しんでる方も多数いるのかも知れない…そう考えると何とも言い難い気分になります。

聞こえるという表現が、自由に再生できるという意味なのか、全く自分のコントロールを離れて勝手に聞こえるという意味なのか、それは際どいものかも知れません。私も聴覚派ゆえに、人の声や言葉は、記憶の限り再生できます。それこそが私の人生を支えてくれたことのひとつとも言えるほどに…。そして医療機器を用いて観察すれば(?)、音楽が聞こえたり、人の声や言葉を頭の中で再生している時は、きっと脳の関連部位の血流が上昇していると予想できます。でも、前述のように精神医療的視点からレッテルを貼られて苦しんでいる方がいるなら、それこそ生物多様性、知覚の個人差であると、私は言いたいのです。

私自身、なぜ聞こえるのか、どうしてそうなったのかは私にはわかりません。そんな自分の知覚の癖の自覚を持って、自分に付き合っていけるなら、それでいいではないですか…と思っています。だから今日もどんな曲を頭の中で鳴らそうか、耳の中で何を聴こうか、とても楽しみなのです。



#639 本当の成長とは~大切なことはゆっくり変わる~ 【定期更新20160109sat】

このところ冷え込みが厳しくなっています。みなさま体調はいかがでしょうか。

最近はいろいろな本に励まされています。それくらい今の自分は精神的に弱っているのかも知れません(笑)。それらの本の紹介は別途機会を見てするつもりです。今回はそんな中で感じたこと、思ったこと、考えたことを綴ってみようと思います。

今まで何となく感じつつも表現には至らなかったのですが、それを明快でパズルが当てはまったようにすっきりした感覚をくれた言葉が、「大切なことはゆっくり変わる」というものでした。もしかしたら、これは正確な表現ではなく、「大事なことは…」だったかも知れません。ただ伝わる感触はつかんでいただけるかと思います(近く正確に調べてご紹介します)。

例えば、植物がゆっくりと根から水と養分を吸い上げ、枝や葉に行きわたらせ、成長してゆくには時間がかかります。それと似たように感じられます。そして先日、別の本の内容をふと思い浮かべ、こんなことを考えました。その本には、「世の中では成長することがいいことだとされているけれども、本当にそうだろうか。」ということが示されており、鵜呑みにせず自分の感覚で捉え、吟味することの大切さを唱っていました。そこで私は、「本当の成長とは何だろうか。」と頭を巡らせていたのです。

こんな問いをああでもない、こうでもないと考えるのは性分なのですが、少なからず「ゆっくりと変化することと関わりがありそうだな…」と思い、普段心理相談で「徐々に変化することの重要性」を、当事者を支えるご家族に伝えながらも、「停滞することとゆっくりした変化を見極めるのは、一体だれがどういう基準でするのだろうか…」とも考えていました。そこで浮かんできたイメージは、川…流れている水でした。

川の流れをじっと見ていても、その場所の水の流れは変化していないように見えます。しかし絶えず新しい水が流れて変わり、その場所にとどまることはありません。もしもその場所で流れが滞り、水がたまってしまったらどうなるか…。そう、「澱む」のです。新しい水が入ってこなければ、そこの酸素濃度は薄くなり、水は濁り、腐ってゆきます。それこそが変化が停滞してしまった状態です。流れができれば、新しい水が今見ていた水と入れ替わり、見かけ上変化していないように見えても、ゆっくりと着実に変わっていることになります。尤も、これが大雨などで急激に多量の水が流れ込めば、流れそのものも、川筋も大きく変化しますが、それは歪みであり、水も濁るし川の流線すら変わってしまうというもの…。だから大切なことは、身体の代謝機能のようにゆっくり変わってゆくことだと思います。そこでさらに思い出されたのは、鴨長明「方丈記」…冒頭あまりに有名な「ゆく川の流れ」です。まさに世の人のありようを含めて、そんな含みもあったのだろうかと、思索に耽ったのです。

人は、不安や恐怖、強度のストレスに出合うと、行動や考えが停滞し、澱むものです。いわゆるドツボにハマるというものでしょうか。それは川の流れ、水の流れと同じ…澱んでしまったら、再び新しい水を取り入れ、流れ始めるしか方法はないのです。そして急激な変化ではなく、じっくりと入れ替わってゆくことを楽しみながら、成長を遂げてゆくことが大切なのではないかと思います。人は成長しているつもりでも、またいつしかマンネリ化という現象も起きます。慣れた状態ですが、それもひとつの澱みであるには変わりがないかも知れません。時として成長をし、時として停滞をし、時として後退もする…でも、全体で見た時には、自然な流れと変化を遂げている。そんな風でありたいし、そんなことをお伝えしたいと思いながら、自らの内にある「流れ」の音に、耳を傾けてみようと思います。



#638 流れの中で心機一転します 【定期更新20160109sat】

あけましておめでとうございます。
三が日を過ぎ、七草を過ぎ、遅ればせながら、本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

振り返れば、団体名を『人間関係と心の相談舎』にしてから丸2年が経ちました。この2年は個人的な面、私生活にも変化があり、こちらの活動は静かに行っていました。今年は是非ともその沈黙を破り、ひとつひとつ再び積み重ねていこうと思います。

伝えたいこと、表現したいこと、発信したいことはたくさんあれど、それがなかなか追いつていかない…というのは、「できない言い訳」であって、ただ不言実行と首尾一貫を心にとめていきます。

近々行動に移すそのひとつに、書籍出版物の紹介があります。書評などと言う大それたものではなく、私にとって大切な本、お気に入りの本、とても影響をもたらしてくれた本、少しずつ紹介することで、みなさんが何か感じていただけるきっかけになればという思いです。

他にも考えていることは山のようにあるのですが、ひとりで考え、抱え込むと今までと同じようにあっぷあっぷの状態になっていきます。私の悪い癖でもあるので、今年は少しご迷惑をかけてもみなさんにご理解とご協力をいただきながら、演繹的に進めたいと思います。

時には話題によって辛口になることもあると思います。しかし、感じたり考えたりしたものは、やはり誹謗中傷やバッシングを半ば恐れてはならないのだ感じることもしばしばです。
今の世の風潮は、バッシングをするために誰かが失言や失態をしないかどうか、手ぐすねを引いてスケープゴートを作りだそうとしている気がするのです。それは、大衆の不安を紛い物の安心で包むにはいい方法でしょうけれど、本質から大きく外れていると思います。
勿論、感じていれば口にせずとも、表現しなくてもいいものもありますが、伝えることが大切だと思えるものなら、恐れずに発信してゆきたいと思います。決して対立することや誰かを故意に傷つける意図ではありません。きっとそのことに勇気づけられる人もいると信じて…。

よろしくお願い致します。



#637 時間の中で自分を見失わないこと
     【定期更新20151226sat】


今年もあと一週間を切りました。
個人的には本当にあっという間の一年でした。とにかく追われ追われて過ぎ去るという感じで、よくここまで来られたという気がします。

いろいろなことに日々追われるということは、とても心のゆとりをなくし、自らを窮地に追い込んでゆくことになるのではないかと思います。過負荷の状態、それはイライラを招き、身体も精神もストレスフルな状態になっていきます。そこで大切なのは、どんな状況であっても自分を見失わないということ、本来の自分に立ち返ることができるということではないでしょうか。時間に追われる中にあっても、そんな術が必要だと思います。

まさに今年を振り返ると、いついかなる時でもそうできたわけではありません。イライラもするし、全てを投げ出したくなるくらい精神的に追い詰められ、疲労困憊することもあります。しかし、そんな時にふと支えてくれる何かに出逢った気がします。それは時として本であり、人であり、出来事であり…。「人生捨てたものではない。」そう感じさせてくれたことに感謝です。長らく忘れていた感覚…そのことに再び少しずつ近づいている気がします。

来年はまた気持ち新たに…いえ、今この瞬間からでも気持ち新たに、明日につなげてゆきたいと思います。



#636 親父の顔
     【定期更新20151219sat】


今年もあと2週間ほどとなりました。
寒さも徐々に厳しくなってきそうです。
みなさん、身体を壊さずによい年の瀬をお迎えください。

さて、最近鏡を見て思うことは…親父の顔立ちに似てきたな…ということです。
ドリフターズのリーダー、いかりや長介氏の自伝を読んだ時に、親父の写真を見る必要がなくなったというようなことが書かれていました。鏡を覗けば親父の顔がそこにあるのだから…と。その文章が最近特に思い出されるくらい、私も実感しています。そんな年になったか…と。ちょっと寂しいような悔しいような、それでいてちょっとうれしくて照れくさい…そんな感じです。

私の親父は20年前にこの地上を後にしています。その親父の写真は、いつも見ることができるところに飾ってあります。自然に微笑んでいるその表情は、私が迷った時には導いてくれるように微笑み、過ちをした時には戒めてくれるように微笑み、心の底で支えてきてくれた気がします。

そんな親父の顔立ちに似てきた…時の流れを感じつつ、写真の中の親父のように、誰かを支えるように、見守るように、微笑んでいたいと思います。日常にあってはなかなか難しいですが、この地上を後にする時、そんな風に気持ちになれるようにと思うこの頃です。



#635 解約金の負担
     【臨時更新20151214mon】


最近、本格的に寒くなってきた日もあるかと思えば、小春日和を通り越して夏の一歩手前のような陽気になることもありました。体調を保つのが難しい季節ですが、みなさまお元気でしょうか。

さて、最近ふと思ったことのひとつですが、携帯電話の他社解約金の負担のこと。
みなさんご存知、自分のところと契約をしてくれるなら、現在契約している会社との解約金を払ってもいいですよ…というものですが、どれくらい前から出始めたのでしょうか。個人的には当初から嫌な感じがしましたが、最近店頭で目に入ることがあり、正直「何てえげつない」と思いました。

今となっては、当たり前のように見ても何も思わなくなった方のほうが多いでしょうか。これは法律違反…というわけではないでしょうが、業界が業界なら抵触の可能性があるような類ではないかと感じます。例えば証券取引において、損失を証券会社が投資者の代わりに負担をしてはならないことと似ているような気がしています。

そうまでして顧客を増やしたところで、それは一時的な栄華かと思うのですが、いかがなものか…。



#634 インターネットという世界で…
     【定期更新20151205sat】


静岡でのカウンセリングおすそ分け話その2です。

親御さんから始まり、ご本人のカウンセリングも4年ほどになる青年がいます。
その彼は、この数ヶ月間で、インターネットのゲーム登録を解除、IDを消去しました。のめり込んでプレイしても、後に残るのは「やらなければよかった」という思い。頭にもうやめようという思いがよぎるも流されてきましたが、本当に思い切ってやめたら…清々しい気分になったということでした。そんな彼が今回口にした名言、
「インターネットという広い世界で、誹謗中傷という実に視野の狭いことをしている。」
というもの。非常に感心をしました。まさにその通りだと思います。そしてこうつけ加えました。
「自分はもう見たくないので見ません…今はですけど…」
彼の言うことには、毎回驚かされています。本質を捉らえた感性は実に素晴らしいと思いながら、それゆえに苦しんできたのだろうと思います。

かつて別の青年は、「自分のことを言ったり誹謗中傷したりしているのではないとわかっている筈なのに、もしかしたら自分のことかも…とものすごい不安になり、すると傷つくとわかっていても確認したくなってその先をどんどん読んでしまう。そして抜け出せない疑心暗鬼に捕らわれる。」と語っていました。それだけ見えない世界は不安と恐怖に満ちていると言えるのかも知れません。

広い世界なら、思う存分プラスなことに使えばいいと思うのですが、やはり人間界はそううまくはいかないものです。インターネットの世界だけではありませんが、心地のよいコミュニケーションやつながりをつくりたい…そのためのひとつのツールとしてインターネットがある…少なくともそうありたいと思います。



#633 コミュニケーションはプレゼント選び
     【臨時更新20151204fri】


大分寒くなってきましたが、みなさん、体調は崩していませんか?

先日、静岡にカウンセリングに行き、お話のおすそ分けを…と思っていたら、定期更新すらできずに失礼しました。今回は臨時更新でお届けします。

私は、コミュニケーションとは「駆け引き」だと考えていますが、かつてそれをお伝えしたら衝撃を受けた親御さんもいらっしゃいました。もちろん、駆け引きと言っても悪い意味ではなく、こちらが投げ掛けたことに対する相手の反応があり、いろいろな要素を考えつつその反応に対して再び投げ掛ける…この繰り返しがコミュニケーション。だからいい意味での駆け引きだと言えます。その親御さんは、駆け引きという言葉に、かなり悪い印象を持っていたのでしょう。
そして先日静岡にて、あるお父さんが「子どもの反応にどうしていいか…」という類の質問があったので、
「人にプレゼントをしようと思った時、どうしますか? プレゼントはどういう基準で選びますか?」
と伺いました。
ここで基準は大まかにふたつになります。ひとつは自分の気に入ったものをプレゼントする。もうひとつは、相手の喜ぶものをプレゼントする。コミュニケーションもこれと同じことではないでしょいうか。当然、後者のスタイルを意識すると、まずはお互い快適になる…というわけです。

子どもが受け取って心地がいいと思える(であろう)投げ掛けや返しをすれば、自ずとやり取りの歯車は回り出します。

コミュニケーションには、いろいろなスタイルや種類がありますが、広い意味では駆け引き、そして日常心地よいやり取りをするならプレゼントを贈るようなものです。相手が受け取って喜んでくれるかな…そんな思いで言い方やタイミング、言葉を選んでみてはいかがでしょう。



#632 本当は「いつでも」「今」
     【定期更新20151121sat】


おはようございます。今日から三連休の方も多いことでしょう。
めっきり寒くなってきましたし、身体の調子も心の調子も整えて年末突入…したいところです。

今日は土曜日にして久しぶりにゆったりと過ごしていますが、時の流れとは心理状態によって感じ方が変わるもの…いえ、正確に言うなら変わって感じるものということになるでしょうか。
時間は哲学でも大きなテーマですが、「今は」取り上げるととんでもないこと(笑)になりますので、いずれ別の機会にします。

心理の世界、とかくカウンセリングとコーチングではよく使われる表現のひとつでもありますが、とどのつまり、本当は「いつでも」「今」ということだと思えるのです。例えば…過去にとらわれると言いますが、過去にとらわれているのは「今の自分」。未来に不安を抱くと言いますが、不安を抱いているのは「今の自分」。勿論、こんな単純ではないのですが、しかし、行き詰った時ほどシンプルに考え、理屈を超えて極めて簡単に解釈することで、「今」を最大限に充実した時、「今」を「今」で満たした時、つまり「今」に集中した「今」で充実した「今」、充満した「今」にしてゆくことが可能となるはずです。

そのためには、あらゆる恐怖、不安、戦慄を超えて「今」行動を起こす、実践することが何より「今」を生きることになる…そういうことではないでしょうか。

流される、すくんでしまう…人間はやっぱり弱いものですが、今を充実させてゆく積み重ね、そうして生きてゆくことが、自分に誠実に生きる…ということだと思います。

明日は静岡に行きます。
悩んでいるすべての人たちの、その悩みこそが、今の充実につながるように願っています。

今日を充実した日に…。



#631 秋の装いに…
     【定期更新20151114sat】


朝晩はもちろん、このところ昼間でも寒いことが増えてきました。すっかり秋の装いに、気がつけば2015年も残すところ40日強…本当に早いものです。

人間のバイオリズムは秋に低下する…と言われますが、この季節は個人的に一番好きな時期です。少し肌寒くなってきて、朝方は布団のぬくぬく感を楽しめることや、そんなまどろみにいること。着るものが少しあたたかくなってくること。鍋やあたたかい食べ物飲み物が定番になること。そんな飲み物を傍において読書や書き物に耽ること…。

秋はじっくり考える、感じる季節だけに、今年の振り返りをしつつ、まだまだすることがあるので、がんばります。

みなさんもぜひ体調管理、お気をつけて…。