今日はマリーンズネタで、この選手について書こうかと思います。

現在から遡ること三代前の背番号57、佐藤幸彦という選手です。

この選手は、これまでマリーンズ戦士の中で私が紹介してきたジョニー・こさっち・初様のようなバリバリの主力ではなく、酒井さんのような、縁の下の力持ち的な…しかし、決してチームに欠かすことのできない役割だった選手です。
彼もまた初様と同じく、オリオンズ時代に指名を受けて入団した選手で、オリオンズの頃のチームを知る男でした。
何度か書いたかもしれませんが、川崎球場を本拠地としていた頃のオリオンズはそれは弱く、人気もないという、プロの球団としては失格と言っても過言ではない球団でした。
そんな時代からチームに所属していた幸彦は、着実に力をつけてチームに欠かせない存在となっていきます。
しかし運が悪かったのか、何かが足りなかったのか、他の選手との兼ね合いからか、地道に努力を続けて着実に実力を蓄えていっても幸彦がレギュラーを張るシーズンというのはついぞ一度もありませんでした。

私はただのファンの一人なのでチーム事情に詳しいわけがありません。ですので、どういった理由があったのかは知りませんが、とにかく幸彦はレギュラーで起用されることは余りなく、主な仕事は一振りに全てをかける代打業でした。
一試合にだいたい四・五回打席が回るレギュラーとは違い、代打はその一打席が勝負です。失敗しても取り返すことができないうえに、代打が起用されるのはほとんどが勝負の肝の場面です。
そんな場面で一発回答を出すのがどれだけ難しいかは野球をやったことがある方はよくわかるでしょうし、やったことが無くても失敗のできない場面で結果を残さなければならないということがどれほどプレッシャーのかかることかは理解できるかと思います。
幸彦はそんな場面に切り札的存在として何度も起用され、数多くの結果を出してきました。
もちろん、毎回結果を出せるわけではありません。野球の打者というのは三割打てれば一流といわれています。つまり、どれだけの好打者でも確率論的には10回中7回は失敗するのです。
そういうわけですから、チャンスの場面で幸彦が起用されても毎度毎度望ましい結果が出るわけはなく、凡退して下がっていった場面も数限りなくあります。
しかしそれでも代打の切り札的存在としての地位を確立したのは、その勝負強さにあるでしょう。幸彦はとにかく勝負強い打者でした。

前述した確率論的に言えば成功するより失敗するほうが遥かに多いのですが、ファンの贔屓目かもしれませんが幸彦はかなり成功していたように思えます。そして試合の肝に起用される代打だからこそ、その一打が勝利に直結した試合も数多くありました。
レギュラーを取れなかったのは残念ですが、こういう選手もチームには欠かせない存在です。主役だけの舞台が面白いものなはずはありません。脇を固める役者がいてこその主役でもあり舞台でもあります。その点で、幸彦は最高の脇役・縁の下の力持ちでした。

そんな幸彦だからこそ数多くのファンに愛されました。そして2004年、惜しまれつつも彼は18年の現役生活に別れを告げて現役を引退しました。
今でも思うことがあります。もう一年幸彦が現役を続けていてくれていたらと。何故なら翌2005年に、マリーンズは実に31年ぶりの日本一を達成するからです。

初様はその瞬間を現役としてグラウンドで迎えることができましたが、幸彦は現役でその瞬間を迎えることはできませんでした。背広組として日本一の栄冠に輝きましたが、現役の間に日本一を迎えて欲しかった…未だにそう思ってしまいます。
引退後に背広組に転身した幸彦は、現役さながらに今日も影からチームを支えてくれているはずです。その存在は決して華やかではありませんが、居なければ成り立たない…今なおそんな存在であり続ける佐藤幸彦に敬意を表しつつ、今日はこれまでにしようかと思います。
では。m(_ _ )m
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