笑う人生
トータルプロデュース
ケイコです(╹◡╹)
 
 
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大好きな春を告げる花
ミモザのつぼみも膨らんできました。
 
 
 
春はすぐそこ
 
 
 
 
私の場合
もうすでに春です。
人生の。笑
 
 
 
 
先日は河間恵さんのワークショップに
参加しました。
 
 
 
 
河間先生は私の大好きな内藤加奈子さんの
クラブ加奈子にて、目の前のお席に座った
 
 
 
 
そんなご縁で繋がりました。
 
ほんとうにご縁は不思議。
 
 
 
 
だって、同じ会に参加しても
目の前に座るか座らないか
それすらも
繋がる為の必然です。
 
 
 
 
そして、共にワークを受けた皆さんとも
ここで一緒になるのも必然。
 
 
 
 
最近はこう言うのはすべて 
偶然じゃなく必然
そう捉えるようになりました。
 
 
 
 
 
そうすると
目の前に起こる事すべて
私が引き起こした事だったり
あとで、あーあれも、そうそう、あれも
 
 
 
なんとなく私には意味があった
 
 
 
 
神様?宇宙?
なんか知らないけどそんなものが
お題として見せてくれてる
 
 
 
 
そう感じられるようになりました。
 
 
 
 
これを読んでて
そんな風に感じられない
と思う方も
 
 
 
 
もしかしたら、そうなの?
と、疑問をもって
起こる事を疑いながら
生きてみると
多分数日でわかります。
 
 
 
 
 
わからないなら
あなたが相当な頑固者か
拭えないほどの過去の潜在意識の中のトラウマ
そんなものがあるかも
 
 
 
と、ここをまた疑いながら生きたら
だんだんと
 
 
 
 
アレはあの時、わたしがこう言ったから?
とか、
そーいえばいつも子供から、こう言われてるなぁ
とか
 
 
 
 
 
思い当たる節が出てくるのです。
 
 
 
 
そこを更に覗いてみる。
手間がかかるけど
自分でやるしかなくて
 
 
 
 
その手間を諦めずに
見つめると
あら、
と、気がつくことがあらわれるのです。
 
 
 
 
私にとって
その思い込みや
刷り込みが
今頃、そう、半世紀もたって
ようやくわかりました。
 
 
 
 
 
子どもが小さいうちは
自分の手で育てたい
おかえり〜、と子どもを迎えたい
 
 
 
 
子どもと楽しみながら
過ごしたい
子どもこそ、私の宝
 
 
 
べつに
いいお母さんと言われたいのでは無く
 
 
 
子どもと一緒にいてこそ
自分が楽しく成長できる
 
 
 
 
そう信じていました。
 
 
 
 
そしてその気持ちは
わたしの母からの刷り込みが
大きかったことに
最近気がつきました。
 
 
 
 
私の母はもの心つく前に
親に育児を放棄されて
心ある人に迎えられ育ちました。
(のちに産みの親と暮らしましたが)
とは言っても、今とは違う
戦前のはなし。
小学生の年頃で一人暮らしをしていたのです。
どうやってご飯を作ったり
洗濯をしていたか
覚えてないそうです。
 
 
 
(こんな話を大人になってから聞かされ
よくこの人はグレないでここまで
能天気な性格で
育ってこれたなぁと
改めて驚くのですが)
 
 
 
 
 
だから、人一倍
子どもを自分の手で育てたい
と言う気持ちが強かったのです。
 
 
 
 
 
母にとっての幼い記憶に
どんな親が見えていたのかは
見えていなかったのかは
わかりません。
 
 
 
 
ただ、私にはいつも
小学校を卒業するまでは
いつも家に居て
おかえり〜と迎えるように
 
 
 
 
そんなことを言ってました。
 
 
 
 
だから、私も子供と居るのが当たり前で
それをしたかったから
 
 
 
わたしの意思確認のないまま
夫がお店を始め
私をあてにして
次男を保育園に一時預かりに出すよう
決められた時は
 
 
 
納得したつもりが
とにかく嫌で腹立たしくて
 
 
 
泣き叫ぶ次男と
今生の別れのように
保育園に預けて仕事に行くのが
 
 
 
罪悪感の塊となって
ずっと、私のその後の子育てに
まとわりついていました。
 
 
 
長男はちゃんと側にいてあげられたのに
次男には其れがしてやれなかった
 
 
 
その思いが、側にいてやりたい
本当は自分が側にいたいだけ
 
 
 
この子はあるがままに自分からするまで
待つ
私が安心したいだけ
 
 
 
そんな、子育てになり
 
 
 
この、私の思い込みと罪悪感が
事あるごとにリフレインして
 
 
 
遅刻も
不登校も
喧嘩も
いたずらも
先生への抵抗や反抗も
 
 
 
全ては、あの時、
私がしてやれなかったから
私がおもう子育てを出来なかったから
私思う子育てを夫がさせてくれなかったから
 
 
 
すべて、自分と夫のせいにしていました。
 
 
 
そして、時折、母から
その事を咎められてる様に
感じてしまう言葉をもらうのです。
 
 
 
それがまた、凄く嫌で
わたしだけが悪いんじゃない
私だって頑張ってるし
 
 
 
と、怒ったり暴れたりするのです。
 
 
 
やがて
兄弟喧嘩を止めに入ったら
私の歯が欠けたり
 
 
 
あまりにムカついて
次男の携帯電話をバキっと折って
逆ギレされて
私の鼓膜が破れたり
 
 
 
本当にスッタモンダがありました。笑
 
 
 
ここまでくると
罪悪感を通り越して
自己嫌悪です。笑
 
 
 
次男のことでカウンセリングに
わたしが出かけたら
私がカウンセリングを受けることになり
 
 
 
ようやく
自分のしてることが
全てを引き起こしてることに
目が向く様になりました。
 
 
 
気がつけば
思春期の彼らは
子供達本人が
自分と言うものをしっかり持ってて
本当は最初から持ってて
ただ、そのまま育ってた。
 
 
 
 
だから、私が抵抗を辞めたら
彼らは、そのまますんなり
ただ、やりたい事をやり
ひたすら、周りの人に
受け入れられて育っていました。
 
 
 
 
一体、私のこの数年間は
何だったのか?
 
 
 
 
あんなに罪悪感があったのに
本人達はそれを責める事すら思い浮かばず
 
 
 
あんなにガチンコで戦って来たのに
覚えてないと言う
 
 
 
完全な私のひとり劇場でした。笑
 
 
 
そして、その事は夫にも言える事で
わかってくれない
やってくれない
それすらも、ちゃんと伝えて来ないで
 
 
 
ほらね、やっぱりやってくれない
 
 
そんな引き寄せをバンバン
叶えていたのです!
 
 
アーー
少しだけ恥ずかしい気持ちもするけど
 
 
 
 
私、必死で生きてたなぁ
なんて人間っぽい可愛いやつなんだろ
泣くこともせず頑張ったなぁ
 
 
 
やっぱり、こんな健気で可愛げのある私が
大好きだーーーーー
 
 
 
心からそう思うのです。
 
 
 
ほら、結局今度も
喜劇のひとり劇場です。笑
 
 
 
家族の形は変わるもの
どのみち、いつかは子供は親から離れていくし
 
 
そもそも、産みの親に育ててもらはなくても
育つものだし
うちの母がそうだし
事情があってそうなる子もいるし
 
 
 
実の親だと思ってたら
本当はお父さんが違ってることもあるし
 
 
 
親の方がこの子をこの手で育てたい
と思うのも当たり前かもしれないけど
 
 
 
それすら、本能だったり
私の様に思い込みバンバンだったりするし
 
 
 
子供が、幼いときは自分では
選択出来ないけど
そうなることすら必然で
 
 
 
親も子も
そのままでも、一人の人として
それぞれが
完全なんだよね。
 
 
 
 
この春、次男が高校を卒業する(はず)
 
 
そして、もうどんどん勝手に決めて
未来を歩いてます。笑
 
 
 
私も
もういいかなぁ。
 
 
 
自分を生きる!
 
 
 
河間恵先生からは
勇気を200%いただきました。
 
 
 
もう、始まってますよね?
 
 
 
そう聞かれて
 
ハイ\(//∇//)\
 
と、デレデレ答えました。
 
 
 
本当に、メルマガとか、苦手なんで
LINE@から始めようかな。笑
ここは少しがんばろっ!
 
 
 
 
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