小林秀雄に

神よ、私は俗人の奸策ともない奸策が
いかに細き糸目もて編みなされるかを知つてをります。
神よ、しかしそれがよく編みなされてゐればゐる程、
破れる時には却て速かに亂離することを知つてをります。

神よ、私は人の世の事象が
いかに微細に織られるかを心理的にも知つてをります。
しかし私はそれらのことを、
一も知らないかの如く生きてをります。

私は此所に立つてをります!……
私はもはや歌はうとも叫ばうとも、
描かうとも説明しようとも致しません!

しかし、噫! やがてお惠みが下ります時には、
やさしくうつくしい夜の歌と
櫂歌とをうたはうと思つてをります……




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中也は定型詩的なフレーズを口語自由詩と調和させるのが巧い。
美しいソネットだと思う。