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感じたことを忘れてしまわぬようにと、日々感じたことややったことの日記をつけています。

すべてはいい笑顔のために。


日々のちょっとしたことをやる際に自分は何を基準にするだろうって、ちょっと、考える機会があったのでメモ。

誰かが見てるとか、んなわけないけど、神様が見てるとか、そんなのって個人的にはかなりどうでもよくて、規範となるのは「自分は見てる」ってことではないのかな。


原因とか行動規範を外に設けちゃうのって、環境に合わせていちいち変えなきゃいけないわけで、それって無理。表面的な部分はいくらでも変えられるけれど。大事なところは無理。

そのズルも、手抜きも、横柄な態度も、後で自分に恥じないか?を問いながらやるようにしてるのです。ただ、自分に言い訳ばっかする日々で、だって眠いし、飲みたいし!、仕事難しくていっつもできないし、秋の空は澄んでて、緑がキラキラして、風が気持よかったら秋限定なビールも飲むっつーわけで、ぜーんぜんまだまだですけど。恥ずかしいことばかりですけど。

で、理由あればある程度はズルとかそういうのやっちゃってもよかったりするかもなわけで、その後悔も覚悟の上のズルさならバッチ来いって感じです。その覚悟は潔い。
でもなんとなくのズルはやめておいて、できるだけ気持ちよく生きたいのです。
数少ないいくつかのことだけでも、「自分は見てる」ルールでもって、ブレずに進みたいと思うのです。ルール破るともやもやするし。そういう自分ルールに殉ずるってスキだし。

時々会う友人からはそんなズルい人の話を聞くこともあるけれど、日々会う友人から聞かないのは、近いほど気持ちいい友人を持った友人が多いってことだろな。
新たに合う人達もそんな気持ちいい人が多くて、プライベートな関係なほどそんな感じな訳で、我が審美眼もそんなに捨てたものではありません。ちゃんと心地よい人たちを選べているのだな。
とてもありがたいことです。

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こんなガリガリ君の棒とか袋もね、ポイっとするのは自分ルール違反。信号はそんなに気にしないけど(基本守ってるけど)。そのあたりの基準は自分の内に。
福岡の夏の終わりの風物詩になっている(ような気がする)Sunset Liveが行われ、Timelineはその写真でいっぱいの中、山に行ってきました。

目的地は北九州の貫山。
数年前に行ったときにすごく楽だったので、あまい考えで行ったら、ガスで視界不良に出会い、案の定道を間違いました。。。。ま、別のルートになっただけで問題はなかったのですけど、たくさん歩きました。
景色もさまざまで、飽きることなく山頂へ。
秋の始まりの緑は夏よりも少し薄く、心地よく迎えてくれる空気でした。
お昼はGyozaくんお手製のテーブルでトーストとコーヒー。僕は手軽にカップ麺をでしたが、しっかりとお相伴にあずかりました。山のコーヒーは間違いないです。
しばらくは山頂読書を堪能し、下山。
shirablog-ランチ shirablog-山頂読書

その後は千仏鍾乳洞に。
shirablog-鍾乳洞
閉所にドキドキしますが、涼しくて気持ちいいです。冒険気分でわくわくします。
洞窟でモンスターに会うとか、パーティーと別れて一人で入ってくとかどんだけだよとか、鍾乳洞の奥に宝箱あったりしたら、たまらないですよね、秘宝も見つかるという話ですとか、ドラクエ的妄想がとまりませんでした。

リレミトできずに、自分の足で戻ってきて、温泉入って、〆は想夫恋。
shirablog-想夫恋

よい休日でございました。

次はテン泊ですかね。秋の夜長を楽しみたいです。
冬も行きたけど、寒すぎるし、根性ないので、バンガロー宿泊を再びやろうと思います。
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shirablog-休憩
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なんと、気がついたら、気がついてたけど、9月ではありませんか。
今年の8月は海にいったり、高原に行ったり、たくさん寝たり、料理作ったり、炭酸作ったりと、ひっさびさに充実していました。

その前からの嫌な流れを断ち切れたような気がします。
まだね、先が見えるとは思えないのですけれど、自分が立つための土台は見え始めています。

自分を信じられない人間が、誰かに選んでもらう資格もないし、誰かを選ぶ資格もないわけで、だから、何かを選べないし、選ばれないのです。

自分を信じられない人が信じれるようになるためには小さな成功体験を積むことが必要らしいです。
どうもそうらしいです。
あと、叶えられてない目標に目を向けるのではなくて、叶えた目標を数えてみたり、気づいていない成功体験に気づいたり、みたいなこともいるのかもしれません。

10代の根拠のない自信、そしていまの根拠のない自信なさ。
言葉では取り繕えるけど、どうしても根がはっているようには思えないわけで、なんというか言葉が軽いのです。
なんでもよいから今の延長線上に自分でやったのだ!と言えるような何かを置いてみよう。
自分でやったことをどうだった?と聞いてみよう。
そして、選んでいこう。

そんな気分でやったことが体質改善とか自由研究とか、イベント出店のお手伝いとか。
自分でやって、生活に根付かせた自信はぶれない気がしするのです。
それにいくつもの候補の中から大切なこと、人はそれぞれ選んだつもり。
後は、仕事でも同じように積みかさねていくことです。
流れを作ることはできなくても、その時にきちんと乗れるように準備はしておかねば。
評価はいつか振り返るときにすればよいわけで、いまは一歩ずつ重ねていくのみです。

この時期になるとこの曲みたいな夕焼けが多くて、夏の終わりをつげるひぐらしとか雨上がりとかがあいまってなんだかたくさんの記憶と感情が混ざって、涙あふれてきます、あふれないけど、いやあふれなくもないけど。
あと、やっぱ声がずるい、ずるくないけど。
それにしてもいい曲だなぁ、はぁー、いい曲だ。