あなたは覚えていますか?
市電が大手を振って道の真ん中を走っていた日のことを
この問いの答え、私はNOである。
私が物心ついた頃には既に自動車の軌道式内乗り入れが解禁され、路面電車は小さくなって走っていた。
道路交通の主役だった時代を知っているのは、私よりも上の世代の方々だろう。
寧ろ線路の上を走るべき電車が道路の真ん中を走るアンバランスさが好きで、特急列車よりも路面電車が好きな、変な子どもだった。
そんな私が横浜に引っ越して来たのが、小学校に上がる少し前だった。
YouTubeで偶然横浜市電の動画を見かけ、急に懐かしくなって休みの日に市電保存館に行って来た。
私にとって中学生振り、今の建物に移転してからは初めてである。
館内に入ると、懐かしい電車たちが迎えてくれた。
歴史的に各年代の塗装を再現しているが、末期しか知らない私には、一番手前の1000型の塗装がしっくり来る。
系統板や行先表示、車内の路線図まで往時のもので、子どもの頃の記憶と当時の街並みが鮮やかに蘇る。
車内も当時そのままなのが嬉しすぎる。
運転台の後ろにへばりついて、路線図を見ながら運転士さんの背中越しに前を見ている子どもだった。
信号待ちの時に運転士さんに
「なんで11系統がないんですか」
なんて空気を読まずに聞いて、
「なくなった」
とだけ教えて貰ったのも思い出である。
(正解は2系統に統合されてなくなった)
一番好きだった1100型。
賛否あるワンマン仕様も、私はこの姿しか知らないのだから全然アリだろう。
ワンマン車に乗りたくて、理由をつけて本牧線に乗りに行ったなぁ…
なによりも車両が往時の状態を保たれている事に拍手を送りたい。
個人的にはこの2形式も廃止当時の塗装にして欲しいところだが、保存館の性格を考えると仕方ないのだろうか。
(開館当時は全車クリームに青帯だった)
この他にも部品や備品の展示もあり、更には歴史を振り返るパネルや模型の展示や、運転シュミレーターもあって、横浜の街の歴史を振り返ることができた。
電車と一緒に子どもの頃の思い出に浸れて、大変有意義な時間を過ごすことができた。
今回意識的に行きは7系統、帰りは6系統の跡を走るパスに乗ったが、私は浦島太郎状態だった。
電車廃止後10年ほどは往時の街並みが残っていたものだが、車窓はビルとマンションばかり。
ただ掘割川だけが変わらなかった。
自身の青春時代の思い出を書き綴る筈が全く進まず、更に遡ったことを書いてしまった。
市電保存館に行って、小学生の頃の思い出に浸れて良かった。
車両をあの様に綺麗な状態に保たれているスタッフさんに、改めて感謝する。









