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昨日のブログに対してフェイスブックでコメントをいただき返事を書かせてもらったときふと十牛図のことを思い出させてもらった十牛図について以前書いたことはあるのだがしっかり書いてみたいと思っていたので今回はゆっくり書いてみようと思う十牛図を書いたのは廓庵禅師といわれるそして十牛図は禅の修行の入門書のようなものだが自己の探究の指南書ともいえる禅とは一事を追求することで例えば「道」がつくもの剣道、茶道、書道などにも影響を与えているという十牛図にはいろんな解釈がありどんな解釈でもいいといわれるが自分は牛を真実の自分とする解釈が一番しっくりきて好きだ逃げた牛を探し求めることに例えた本当の自分を探し求める旅それを自分の解釈で書いてみたいと思う1、尋牛 (じんぎゅう)自己の本質を知ろうという気持ちがいよいよきたという段階自分とは?の答えを求めて旅に出るが本当の自分は自分の中にしかないことにまだ気づいてない2、見跡 (けんせき)牛は簡単に見つからないが歩いていると牛の足跡を発見する諦めそうになりながらも手ががりを得て足跡を追いかけてみることにした3、見牛 (けんぎゅう)慎重に牛の足跡をつけていくとついに牛の後ろ姿を見つけただがまだ後ろ姿だけで全体像は見えない4、得牛 (とくぎゅう)ついに牛を見つけた旅人は縄をかけやっと見つけた牛を離してなるものかと嫌がる牛を捕まえようとした牛は暴れて格闘になったがなんとか捕まえることができた5、牧牛 (ぼくぎゅう)牛を捕まえることができたがまだうまく牛を手なずけることができなかっただが根気よく手なずけることに成功した旅人は牛を連れて帰ろうとする6、騎牛帰家 (きぎゅうきか)旅人は努力の甲斐あって牛を手に入れることができたおとなしくなった牛の上に乗りまるで一心同体やっと念願を達成した喜びをかみしめ嬉々として笛を吹きながら家路についた7、忘牛存人 (ぼうぎゅうそんじん)やっと探し求めた牛を旅人は家に連れ帰り牛を牛舎につないでおいた旅の満足感を感じながらうたた寝して起きると牛はどこかにいなくなっていた8、人牛倶忘 (にんぎゅうぐぼう)牛だけではなく自分自身も全てが忘れさられたように消えてしまった自分を探した旅をしたことも自分を見つけたことも全ての一切が空になった自分が求めていた自分(牛)はいたようでいなかった9、返本環源 (へんぽんげんげん)全て越えたあるようでない「空」を知ったあと花が咲き自然が戻った全てはあるようでないだから旅に出たことは不要だったがこの考えに至るまでには旅は必要なことであった空としてすべては否定されたが自然は戻り、全ては肯定された全てが平等なのだということを旅人は知る10、入てん垂手 (にゅうてんすいしゅ)自分の全てを解き放った旅人はそのことを広く伝えるためにまた世に戻ったそして迷える童子に手を差し伸べ童子は新たな尋牛の旅に出ていくのだろう解釈は自分流ですこの絵を見てみなさんで感じるままに物語をつくってみてください答えはありませんだって、あるようでない・・・片方から見れば正しくても片方から見れば正しくない全て一切が「空」なのですから男塾やります!まだまだ参加可能です↓↓カープ女子は入れない男塾11月1日より メルマガ配信します↓↓メルマガ 「ブログに書けないここだけの話」◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇土砂災害の ボランティア情報はこちらまで↓↓広島市復興連携本部今日もお読みいただきありがとうございました!ご縁に感謝!にほんブログ村     バナー写真 伊井照泰 「幸せになる科学」無理をせず・自分らしく・ありのままのあなたで  ...