このときのことあまり覚えていない


泣きじゃくって一気に飛び出た感情から、叫んだ。

たいしたことじゃない。

何度もそう思った。

こうして泣いていたことも、恥ずかしかった。

消してしまいたかった。


いすを投げたあたしは不思議と笑った。

笑えて来た。

なにもかも、

自分もおかしいし、なんだかおかしかった。


ああ、皆あたしでいっぱいになればいい。



「おはよう」

あたしは、暗い顔で優香に話しかける。

「おはよう、大丈夫?」

あたしは腕を強く握った。

「うん、大丈夫だよ」

誰か気付いて。

あたしの腕に傷がある。

そう、あたしは昨夜刃物で手首に一本の傷をつけた。

血もそんなにでなかった、痛くもなかった、けれど少し赤くはれていた。

「ねえ、優香…どうしよう…」

あたしは袖をまくて、優香に腕を見せる。

「え…」

「ぼえてないよ、ねえ、おぼえてないんだよ」

それがとっさに出た言葉だった。

本当は覚えてる。


あたしは、可哀想なんだから。

リストカットしてるんだよ。

ねえ、かわいそうでしょ?あたし。

こんなに悩んでるの。


あたしがなぜこう思ったのか、思わせたかったのか自分でもわからない。


みんなが心配してくれることであたしは嬉しかった。


皆のなかで、あたしが存在してくれることが嬉しくてたまらなかった。


もう、これからリスカが快感でたまらなかった。


この時はね…

合唱コンが近づくと、朝練が始まった。

あたしは普段の登校は遅いほうだが、朝練となるとクラスで一番か二番に学校に着いた。

そして必ず教室を覗くと、後ろにあるロッカーの上で優真は寝ていた。

朝、早く起きて学校にくるのも気分が良い、というのも早くきてしまう理由だったが、本当の理由は優真がいるからだった。

「おっはよ~」

寝ている優真の背中をたたく。

「いて~な」

優真は寝たままたたかれたところをさすった。


あたしはボディタッチとやらも多く、結構周りから仲がよく見えるらしい。

自分には他の人のが仲良く見える。

なぜかって、あたしは男に構うけれど、構ってもらったことはあまりない。

あたしの友達といえば構ってもらう方が多かった。

構ってほしいあたしにとって、他の人のが仲良く見えた。


「あいかわらずくるの早いね~」

「まあね」

「寝るならもっと早くこいよ~」

そんなつまらない会話をしているうちに、クラスメイトが集まり始め、やがて朝練となった。


だが、ある日優真だけでなく、拓馬もいた。

優真は相変わらずロッカーの上で寝ていて、拓馬は窓のほうのロッカーに座っていた。

「あれ、拓馬もいんじゃんか」

拓馬に話かけると、なぜかいつもの態度と違い、上機嫌だった。

「なんでそんな機嫌いいの?朝なのに?」

拓馬は頷きながら笑う。

「俺ももうすぐ彼女もち~」

本当に幸せそうな笑顔だった。

彼女なんていわれてあたしは心臓が飛び出そういなった。

ショックといったものか。

あたいは拓馬の好きな人でさえ知らない。

拓馬はそれ以上の事教えてはくれなかった。


放課後、歌の練習も終わって、誰もいない教室だった。

机も掃除の時みたいに全部前においてあって、しんとしていた。

すると、教室に優美と千尋が入ってくる。

一緒に帰ろうと思い、帰ろうとすると、ありえない事を耳にした。

「なにそれ~?」

あたしは優美と千尋に問いかける。

微かに聞こえた単語。

”奈々子どうなんだろうね”

なぜだか嫌な予感がしてならなかった。

優美と千尋が顔を合わせ、すこし困った顔をした。

「んー。実はさあ奈々子付き合ってるんだよね。」

あたしは同じクラスで、奈々子と仲良くしながらも、そんな事一言も聞いていなかった。

「え、誰と?」

優美が申し訳なさそうな顔をして、また口を開く。

「三田と…」

あたしは耳を疑った。

奈々子は拓馬が好きな訳ではなかったのか?

なんで、優真なのか…?

「いつから??」

優美もいいづらそうだった。

あたしが優真を好きなこと知っていたから。

「先週の水曜。」

先週の水曜。

朝練が始まったのは、今週。

優真と過ごした朝は、あたしにとって無駄な時間だったのか。

そう思った。

「聞いてないんだけど…」

あたしは教えてくれなかった事に腹を立てる。

なぜかって、あたしは優真が付き合っていることを知らず、優真に構っていたからだ。

勿論、いつもと同じように、恋が叶うようにと。

馬鹿にされている様な。

あたしが一生懸命話している間、奈々子はどう思ってたのだろうか。

笑ってた?

そして、優真本人もどう思っていたのだろうか。

怒りと同時、恥ずかしかった。

「え…奈々子からだよね…?」

「うん。」

「水曜のいつ?」

「部活が終わってからだと思う。てゆか…」

優香が言いかけるが、また千尋と顔を合わせた。

「奈々子が言ったんじゃないんだよ…」

「は?どういうこと?」

「沙穂が代わりに告白したんだって」

あたしはさらに怒りが増した。

「…いみわかんないよ。なんていったの?」

「単刀直入にいうけど、奈々子と付き合って…だったかな?」

怒りが涙に変わる。

好きな人にぐらい、自分で告白すれば?

そんな思いでいっぱいだった。

「ねえ…あたし、この四ヶ月何してたんだろうね…」

もう、好きでいた時間でさえ無駄なきがした。

とりあえず恥ずかしかった。

馬鹿にされて周りにみられているようで。

このときの感情で頭が多少おかしかった気がする。

失恋の恥ずかしさ、周りの目の恥ずかしさ、奈々子への怒り。


この感情があたしを変えた。