子供の頃 冬になるのが嫌だった。
いや、怖かった。


9才まで関西で育ったワタクシは
北海道の冬の知識などなにもなかったから
雪はちらついて すぐに溶けてゆくものだと思っていたから

お風呂屋さんの帰り道に
洗った髪の毛が凍てついたり
タオルが凍ってしまうなんてことは信じられない出来事でした。


北海道で産まれ育った同級生にとって 当たり前の冬の出来事の1つ1つが
ワタクシにとっては、驚きであり 脅威でもあったのです。



学校の帰り道……
友達とさよならして一人になったとたんに辺り一面真っ白な吹雪になり

周りの家並みも 何もかも見えなくなり
真っ白の世界に一人取り残された恐ろしさで
思わず道路に座り込んだあの日。。。



スキー授業で 現地解散となり
先生も同級生もスキーでサァーっと帰ってしまい 一人残された まだスキーが上手じゃないワタクシ……

スキー場じゃない普通の道路を一人で帰ったことなんてないのに……どうしょう(涙)


トラックがオタオタとスキーで歩くワタクシの横を走ってゆく。

第一、上り坂なんて いつまでたっても進まない……


空は薄暗く暮れだし
心細い思いはワタクシを泣かせる寸前。


泣いちゃいけない!
早く帰らなければ!


スキーを脱ぎそれを肩にかけ
重いスキー靴で必死に歩いた。


家が見えだした頃には 安心感で涙があふれだしてた……


家の前で涙を拭き
すごく元気な声で

ただいまぁ~


おかえり。
スキー授業楽しかった?

と言う母に


うん!
すごく楽しかったよ!


………
10才の子供にも 親を気遣う気持ちはあったのですね。


本当は 雪が恐いこと
スキー授業が死ぬほどつらかったこと

とうとう親にも友達にも
一度も話したことはなかった。


その代わり
雪に対して
北国の冬に対しての異常なまでの恐怖感は
大人になった今でさえ消えない。。。


あんなに懐かしく
大好きな札幌でさえ
冬には行きたくはないほどに。。。



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父親が出張すると お土産はいつも決まっていました。


東京なら 『榮太郎飴』

富山なら 『鱒すし』

東北なら 『南部煎餅』と『水飴』

大坂なら 『蕎麦ぼうろ』か『粟おこし』

神戸なら 『マロングラッセ』


『榮太郎飴』は箱に3色の缶入りで 空になれば
赤はワタクシの
黄色と緑は弟たちのオヤツ入れになりました。


『鱒すし』は 子供にとっては一番つまらなくて……
その上、昔は子供に生物はあまり食べさせなかったから
その美味しさが分かったのは もっと大人になってからでした。


『南部煎餅』と『水飴』はセットでいただくもので
固まっている水飴をストーブの側で溶かしながら
南部煎餅の間に挟んでもらいます。

ワタクシはお姉さんだからいつも弟たちの後…
でも 母がちょっと多めに水飴を入れてくれて
ニコッって意味ありげに笑うから いつもとても嬉しかった。。。


『蕎麦ぼうろ』と『粟おこし』は一番登場率が多くて……
しまいには 飽きてしまいました(苦笑)

でも 口の中でホロッと溶けてゆく蕎麦ぼうろは
なぜか懐かしいお菓子ではあります。


『マロングラッセ』はもちろん一番人気!
まず 一個ずついただきますが
下の弟はサッサと食べてしまい 食べ物にあまり興味のない上の弟のマロングラッセを狙います(爆)

お兄ちゃん いらないの?
食べてあげようか?

そして いつも母に怒られるのです。



子供の頃に食べたオヤツを言ってごらん。
貴方がどんな人が当ててあげよう。。。


そんな言葉があるそうです。


ワタクシのオヤツで
ワタクシの事 わかるでしょうか?



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家の前には大きな川が流れていた。

長い堤防があり 夕暮れ時にはそこから見える夕陽がとてもきれいでした。


毎年 夏になるとその堤防で市主宰の花火大会が開かれました。


その日が近づくと 父は家の前に床を作ります。
六畳ほどの花火見学のための床です。

仕事柄 床作りくらい難なく 2、3人の人が木材を持って来て あっという間にステキな床が出来上がりました。


花火大会までの間 ここは私たち姉弟の遊び場です。

夏休みの長い1日
お昼寝したり 本を読んだり ゲームしたり~

でも 私たちが遊べるのは前日まで!


花火大会の日は 朝から台所ではご馳走作りが始まります。
母を中心に 女の人が何人も狭い台所をばたばたしています。


床には うすべりがひかれテーブルやお座布団が用意されていきます。


私たちは子供部屋に閉じ込められ 隙間からその様子を眺めるだけ~

退屈した弟が抜け出しては出来上がったご馳走をつまみ食いして 叱られてましたっけ…。


日が暮れだす頃になると 子供はお風呂に入れられてテンカフで真っ白になった体に浴衣を着せられます。

父母も いつの間にか浴衣に着替えたころに
お客様が来られます。


父の仕事関係のお客様や
ウチで仕事している方逹が床に集まり 花火を見ながらの宴会が始まります。


私たち姉弟は ごあいさつをしたらすぐに引っ込まされて 家の中で花火の音を聞きながら夕食です。


父は お酒の席に子供を座らせることを とても嫌がったのです。

どうやら、大人の話を聞かせたくなかったようでございました。


大人は誰もが床ですから こちらも子供だけで好き勝手しています。

お茶碗とお箸持って 窓際で花火見ながら立ったままの夕食~

それはそれで楽しいものでした。


でも 食事が終わる頃になると母が現れて
寝る時間だと言います、、、

まだ 外は花火大会!
宴会の真っ只中!


仕方なくベッドに入りますが 部屋の中でも花火の音や閃光がわかります。


~あっ あがったね!

~あの音は仕掛け花火かな?

~いくつになったら 最後まで起きていていいのかな?


毎年毎年 姉弟の会話は同じでした。

そして いつの間にか眠ってしまいました。。。



父も母もお客様のお相手で子供をかまう余裕などなかったのでしょう。
でも、不思議と淋しいとか悲しいとかは一度も感じませんでした。


いつか 大人になったら
あの床で一緒に花火大会を楽しめる……


そう信じていた 10才の頃。。。




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