1年ぶりのブログです。
6月に地震があったり、
9月に台風が来たり、
ザワザワした夏が過ぎようとした頃、
約10年闘病中だった叔母が
81才の生涯を閉じました。

とても元気で明るくて、
突然「げんきにしてるー?」って
電話くれたり。
親戚の誕生日を覚えてたり。
大好きな叔母でしたが、
突然のくも膜下出血で倒れ、
一命は取り留めたものの
幾度かの脳梗塞発症もあり
寝たきりの生活でした。

家族の献身的な介護には
頭が下がるばかりでした。

その叔母のお通夜の時に、
私の2つ下の従姉妹が
肺腺がんで闘病中と知りました。

小さい頃は、姉妹のように過ごし、
就職してからも、仕事終わりに
2人でご飯食べに行ったり、
カラオケに行ったり。
結婚してお互い子供が出来てからは
お互いの家を行き来し遊んだり。

子供が大きくなると
ちょっと疎遠になってましたが、
LINEでやりとりしたり、
4年くらい前に電車でばったり会ったり。
結局、それが最後なってしまいました。

闘病中の彼女、
自分の惨めな姿を見られたくないと
頑なに面会を拒否していました。

年内持たないかも……
来年の桜は見れないだろう……

風邪が長引き、どうも良くならないと
受診した時にはもう既に
脳や血液にまでがんは進行し
受診したその日こそ逝ってしまうかもと言う程
手遅れの状態だったそうです。

本人に告知はせず、
本人の意志を尊重し、
本人の望むことを全て受け入れて
昨日まで過ごしていたそうです。

昨日の昼過ぎ、脳梗塞を発症し、
日付けが変わった2時頃
「たった今息を引き取った」と
いとこのグループLINEに
彼女の兄から連絡が来ました。

その日の夜、お通夜でした。
棺の中の彼女は
とてもキレイでした。

今日が告別式でした。
ご主人と22才の長男と17才の長女、
そして両親と兄夫婦、義妹さんと姪御さん。
棺に縋り付き別れを惜しむ姿は
あまりにも辛く。
でも、この家族も
先月に亡くなった叔母の家族同様、
献身的な看病をされていました。

叔母も従姉妹も
幸せだったと思います。


私がもし、余命僅かな病になったら
私はどうしたいのだろう。
家族は私の願いを聞いてくれるのだろうか。

今日寝て、明日ちゃんと目覚めるのだろうか。
あと何年生きれるのだろう。



私は今
生きていられて
ありがたいと思いました。