忘れられない日となりました。
2019/3/16(土曜日)
20年前、私が産褥鬱で産後2週間目から4年間、入院したのが理由で
離婚しました。
元夫と両親が育ててくれました。
色々と言いたいこと、育ててあげられなかったという思いでいた19年間。
一日も忘れたことなどありません。
私は離婚して1年半で完治しました。
私は再婚して今の夫と幸せに暮らしています。
娘が20歳(2年前)におばあちゃんから成人式で着物をきている娘の写真を
年賀状で送ってくれました。
私は一生、会うことはない・・会えない・・と覚悟していたので
驚きとともに、人生の中で一番涙がでてとまりませんでした。
娘もおばあちゃんが母親がわりをすべてやってくれて、私に会いたいとは
言いにくかったみたいです。
おばあちゃんは娘からお母さんに会いたいっていう言葉を待ってると。
私の写真を小さいころから見せて少しずつ事情を話して育ててくれたそうです。
だから私に必ず会いたいという日がくるから、
あきらめずに元気に待っていてくださいと、手紙をいただきました。
そんな娘と手紙とlineのやりとりがはじまり2年が過ぎました。
お互いに会いたいという気持ちは手紙で伝えあっていたのですが、
大学卒業するまでは・・娘もパパに話しておばあちゃんに任せたいと
いうことで、手紙とlineで沢山話しました。
手紙で記憶も残っていない私を、「私のお母さんはどんなことがあっても○○さんです」
と書いていてくれて、涙がとまりませんでした。
大学の卒業式にくる?とおばあちゃんから連絡をいただき、
私は参加することができました。
学生最後の最後の最後の行事だけに母として参加することが
できました。
関わっていただいた友人、両親、学校の先生、
色んな方に育てていただいて感謝です。
肝心の娘との再会ですが、ホテルであったのですが、
下りのエスカレーターに乗っている私と、下にあるロビーでお友達と
お話している娘と、はじめて目があい、お互いに笑顔で手を振って
再会することができました。
精神的に少し弱い娘、これは私に似ているのだけれど、
不思議なもので、手紙では砕けた感じで沢山話していたのだけれど、
いざあうと、お互いに何を話していいのかわからなくて・・
娘は一言目、私に「泣いたらあかんで!」と言ってくれました。
私は( ノД`)シクシク…つもりだったのに(笑)
お友達も沢山いたし、号泣するのはおかしいしね。
こらえました。
袴姿の娘は写真で見るよりも本当に
可愛いい!本当に可愛い!
20年前病室でチューリップを歌ってくれた娘が目の前にいます。
お互いに小指が短いことを確認しあったり、背も同じくらいで
顔もそっくりだから、おばあちゃん「正真正銘の親子や」と涙してくれてました。
この数年、私と娘を合わせようと一番、頑張ってくれたおばあちゃんです。
20年は長いです。話せなくてどうなるんだろう??と思ったけれど
お互いに緊張もしてたし、これからは自由に会っていいということなので
私ができること、してあげたいと思います。
私も支えられるんだろうな~と思います。
娘の成長、小さいころから見たかった、そう思うと涙とまらないけど、
これからの人生のほうが長いから、娘にとって何でも話せる存在になれるように
関係を築いていこうと思います。
今の主人も、卒業式当日、結婚指輪をしていたら、今日くらいは娘のお母さんとして行くんだから
外していけば」って。
可愛いい、早く会いたいって言ってくれて優しい優しい主人です。
人生、こんな日がくるなんて思ってなかったから幸せです(#^^#)