むらくんのブログ 

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肉離れが癒えたかな…と思った二ヶ月後。

今度は地震がやってきました。

 

水や電気、食べ物がない生活が

こんなに大変だとは思いませんでした。

避難所生活は数週間でしたが、

物資が不足し、情報が不足し、熟睡できない生活。

 

…先が見えない生活ってこんな気持ちになるんですね。

 

東北で今も大変な思いをされている皆様のことを考えると、

本当に胸がいたくなります。

 

あわせて、いろいろな方からのご支援、お言葉…

全国各地からの救援物資、応援にかけつけていただいた方…

ありがとうございました。

 

職場では避難所運営に携わりましたが、

本当にたくさんの善意を寄せていただきました。

身にしみてありがたさを感じました。

 

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少しずつ日常を取り戻していった熊本。

少しずつ日常を取り戻していった自分の生活。

普通に働きに行って、普通に家に帰ってくる…

 

朝早く職場に行って、コーヒー飲んで、トイレでひと踏ん張り。

トイレの窓から見える明るい空。

今、この一コマの時間もすっごくありがたく感じます。

 

…飲む水がない、電気がない、ガスがない。お湯が無理。

 コーヒーの粉が売ってない。コーヒーメーカーが壊れてる。

 トイレが使えない、流す水がないから。

 夜でもプールの水を汲んでこなん。

 床は水浸し、懐中電灯で手探りで。

 トイレでゆったり外を眺める暇なんてない。

 次の人が待ってるし、あ、揺れた、いつ避難せなんかわからんし。

そんな時期を思い出すと…ですね。

 

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今回の熊本城マラソンも、

実施にあたっては紆余曲折があったと伺いました。

 

大会実施が発表され、参加申込み開始日にネット受付。

抽選待ち。

秋になって参加当選通知。

それからの練習、結構がんばりました。

(それまで練習しない、というのが実に打算的)

 

…走れるって、ありがたいんだなぁ…と

つくづく思った一年でもありました。

 

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2月19日。本番。

 

直前二週間の調整は、自分でも驚くほど順調。

練習量も自分なりにはこなしていたので自信まんまん。

目標2時間50分。

100位以内はもらった、と勝手に思い込んでた私。

 

…だったので、最初からペースがあがってしまいました。

 

飛ばしすぎました。

30km過ぎに鉛の体がやってくるとは覚悟してましたが、

予想よりもかなり早く、15km過ぎにやってきました。

 

わっ、最初から飛ばさんならよかった…。

後の祭り。

 

前回、前々回のマラソンは、

きつくて棄権しようかなという気持ちで

走ってた時間があるのですが、

今回も同様でした。

しかし、鉛の体で20km以上走るのは人生二回目のこと。

 

…めっちゃきつかったです。

 

でも、どうにかこうにか最低限の目標は達成できました。

 

練習の成果は、大会後に発揮されました。

筋肉痛がさほどひどくない。

 

帰りの徒歩帰宅は前回ほどきつくありませんでしたし、

翌日の自転車通勤も、まぁ楽でした。

それでも階段はペンギンでしたが…。

 

…そんな私を見て、

他学年の女の子が私に話しかけてきてくれました。

 

「先生もマラソン走ったんでしょ。」

「うん、走ったよ」

「お父さんも走ったよ」

「へーっ、そーね? 

 そら、お父さんも筋肉痛でアイタアイタ言っとらしたろ?」

「ううん、マラソン終わった後、テニスしてた。」

 

?!

 

はい、もっと精進致します。