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 陸上自衛隊の情報保全隊の活動に対して、「違法な情報収集で人格権が侵害された」と訴えていた裁判で、仙台地裁は訴えの一部を認め国に賠償を命じる判決を言い渡した。

 だが、国の安全を守るために自衛隊が情報収集するのは当たり前の活動だ。それに情報を漏洩させたのは自衛隊側でなく、共産党だ。国の防衛を考慮しない判決で、納得がいかない。


漏洩された「内部文書」

 問題の発端は、陸自情報保全隊が2003年から04年にかけて自衛隊のイラク派遣に反対する団体やジャーナリストなどの動向を調査していたとする「内部文書」を共産党が公表したことだ。東北6県107人が監視されて精神的苦痛を受けたとして、監視活動の差し止めと計約1億円の損害賠償を求めた。

 だが、情報収集それ自体は違法ではない。防衛省設置法4条は防備や警備に「必要な情報の収集整理に関すること」を業務としている。当時、陸自部隊がイラクに派遣され、反対運動が過激化し自衛官やその家族に及ばないか危惧されていた。情報保全隊が反対運動の動向を調査するのは当然の任務だった。

 判決も監視自体を違法としていない。しかし、原告5人(うち4人は共産党議員)について氏名や「日本共産党の市議」「社会福祉協議会職員」などの情報記載があり、国側が情報収集の目的・必要性を具体的に主張していないとして訴えを認め、計30万円の支払いを国に命じた。

 この判断は解せない。判決は情報保全隊が「氏名、職業に加え、所属政党など思想信条に直結する個人情報を収集している」と認定したが、共産党は破壊活動防止法の調査対象団体だ。調査すれば、「所属政党」に触れざるを得ない。

 また判決は「自分の個人情報をコントロールする権利は、法的に保護すべき権利として確立している」とするが、原告の4議員は公職だ。「所属政党」といった個人情報が保護すべき権利に含まれるとは思われない。

 問題は情報が漏洩したことの方にある。自衛隊の「内部文書」が一政党、それも共産党に提供されたのは驚くべきことだ。自衛隊法59条「隊員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない」に違反する疑いが濃い。

 防衛省は「内部文書」について、情報収集の手の内を見せないため情報保全隊が作成したかどうか明言していない。それは理解できるが、漏洩ルートを解明したのか、疑問が残る。仮に自衛隊内に共産党などの「反体制勢力」が巣食っているとすれば、由々しき事態だ。

 そもそも情報保全隊は、他国の情報機関などのスパイ工作活動で、自衛官から情報が漏洩するのを防ぐための組織だ。00年に海上自衛隊3佐がロシア大使館駐在武官に機密を漏洩し逮捕され、これを受け03年に調査隊を改称し強化された。


情報保全の現状問い直せ

 こうした経緯を見れば、いま必要なのは秘密保全法もさることながら、スパイ防止法であることは明白だ。

 そうした法整備も視野に入れ、情報保全の在り方を問い直すべきである。

特別な意味を持つ8月15日/今年も参拝なし


 民主党政権が誕生して2度目の8月15日が訪れた。昨年に続き今年も菅直人首相以下全閣僚が靖国神社を参拝しなかった。

 菅首相は野党時代から、歴代の首相や閣僚の靖国神社参拝に反対しており、自身の首相就任時にも「在任中は靖国神社には参拝しない。そこを日本の首相が参拝するということは中国・韓国の人々の心を傷つけることになる」と明言し、平成22年(2010)6月15日の参議院本会議では「靖国神社はA級戦犯が合祀されているといった問題などから、首相や閣僚が公式参拝することは問題があると考えている」と述べていた。

 菅首相が中国・韓国に配慮して参拝しない態度は、日本のために戦って亡くなっていった先人を踏み躙(にじ)る行為に等しく、一国の指導者として失格と言わざるを得ない。

 日本政府の記録によれば、中国・韓国からの内政干渉で首相の参拝が途絶えた時期も、閣僚が一人も8月15日に靖国神社を参拝しなかったのは、昨年に続いて菅内閣が初めてである。菅内閣の対応とは裏腹に、今年の8月15日も靖国神社には遺族だけではなく、若者や小さな子供を連れた家族連れの姿が数多く見られた。

 靖国神社には、戊辰戦争以降の国内外での戦没者246万6000余柱の英霊が祀られている。このうち213万余柱の英霊が大東亜戦争での戦没者であるからこそ、8月15日の首相の参拝は特別な意味を持つのである。

 現在、靖国神社には「戦犯」として祀られている人は一人もいない。日本が主権を回復した昭和27年(1952)4月28日のサンフランシスコ講和条約の発効後、4回に及ぶ戦犯釈放を求める国会決議と関係諸国との交渉により、全ての「戦犯」の名誉は法的に回復されている。それに合わせて、社会党の堤ツルヨ衆議院議員の「戦犯の遺族は国家の補償も受けられないでいる。しかもその英霊は靖国神社の中にさえも入れてもらえない」という発言がきっかけとなり、昭和28年(1953)8月の特別国会で「遺族援護法」が全会一致で改正された。

 その結果「旧敵国(連合国)の軍事裁判で有罪(A級~C級戦犯)とされた日本人は日本の国内法では罪人と見なさない」という判断基準が明確に示され、遺族に年金等が支給され、「戦犯刑死・獄死」された人も「殉難死」として靖国神社に合祀された。

 昭和53年(1978)秋には、連合国によってかつて「A級戦犯」とされ絞死刑になった7人、終身刑ならびに禁固刑とされ、服役中に獄中で死亡した5人、判決前に病のために死亡した2人も靖国神社に合祀されている。合祀後も、福田赳夫・大平正芳・鈴木善幸首相が靖国神社を参拝しているが、中国・韓国は問題にしてこなかった。

 中国が日本の首相の靖国神社参拝に反対するようになったのは、昭和60年(1985)8月15日の中曽根康弘首相の公式参拝からである。中国はサンフランシスコ講和会議に参加していないため、「A級戦犯」の処遇について、とやかく言う筋合いはない。韓国に至っては、日本は一度も明治維新以後、戦火を交えたことはない。逆に日本人と一緒に大東亜戦争を戦った同志であり、韓国人の戦没者も靖国神社に英霊として祀られている。本来であれば、韓国の大統領も来日した際には、靖国神社を参拝するべきである。

 靖国神社には、日本人だけでなく、元首クラスを始めとして、各国大使・軍人が多数参拝をしている。米国のブッシュ大統領も平成14年(2002)2月に来日する際、外務省に参拝を打診している。  


靖国参拝は首相の責務


 小泉純一郎首相の靖国神社参拝を最後に、首相在任中の首相の靖国神社参拝は見送られてきた。菅首相のように「A級戦犯が合祀されているから」という理由で、首相として靖国神社に参拝しないということは、政治家として条約の内容や過去の国会決議についての無知さを曝(さら)け出しているようなものである。 次期首相には、是非とも毅然(きぜん)とした態度で靖国神社に参拝してもらいたい。そのことが日本の未来を守るために命を賭した英霊への感謝の証となるのである。

  濱口 和久(日本政策研究センター研究員)


国家統治切り離す自治条例 /世日クラブで八木秀次氏講演

 世界日報の愛読者でつくる世日クラブ(会長=近藤讓良・近藤プランニングス代表取締役)の第137回定期講演会が14日、都内で開かれ、高崎経済大学教授の八木秀次氏が「市民自治という名の共産主義」と題して講演した


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 冒頭のあいさつに立った近藤会長は、民主党政権の東日本大震災への対応について「災害に対する経験がない。いまだに右往左往している」と苦言を呈した。

 続いて講演した八木氏は、自治基本条例の問題点を列挙した。

 条例は国家統治と切り離した地方自治を構想し、外国人や未成年を含む市民が地方政府をつくるとしているため、住民投票では国籍条項が設けられず、未成年の投票権を認める条例もあると問題点を指摘。さらに、行政の市民協働・市民参加をうたっていることから「特定の市民が行政を牛耳る結果が出てくる」と懸念を示した。

 八木氏は同条例について、地方議会で少数派の左翼勢力が影響力を行使するために生まれたと解説。保守派の議員でも「条例に対する警戒心が足りない」と警鐘を鳴らした。

 同クラブの小林正副会長(元参院議員)は、育鵬社の教科書の採択阻止を目指す動きについて「これでは日教組の望む教科書ばかりになってしまう」と危機感を示し、教育再生の重要性を訴えた。



天皇陛下謁見/同性婚でも受け入れでいいか  世界日報 5月2日 社説


 先月下旬、ジュリア・ギラード豪首相が、事実婚のパートナーを伴って訪日、同首相と共に、そのパートナーも天皇・皇后両陛下と御所で謁見、懇談した。これについて、松本剛明外相は、パートナーとして「そのまま素直に受け入れた」と説明し、特に懇談前に政府部内で議論も無かったと述べている。
 だが、首脳と一緒であれば、そのパートナーが事実婚であっても、何の議論もなく受け入れるという姿勢には疑問を抱かざるを得ない。


価値観欠ける外相の判断


 訪日する首脳の国が、事実婚を社会的に受け入れ、かつ首相のパートナーが事実婚であっても問題にしないとしても、わが国にとっては違和感がある。
 「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(憲法第1条)である。
謁見、懇談の前に検討は必要と考える。

 同外相はまた、訪日する首脳が同性結婚をしており、そのパートナーを同伴して天皇陛下との謁見を望んだ場合でも「その方が(首脳の)パートナーであり、その国でパートナーとして認められているということは、重い事実として受け止めたい」と述べ、天皇陛下との謁見を事実上、認める発言を、本紙記者の質問に対して行っている。

 欧州では、昨年6月、アイスランドの女性首相のシグルザルドッティル氏が、長年のパートナーだった同性の脚本家と結婚した。また、ドイツのウェスターウェレ外相も同年9月、ボンで男性実業家と同性結婚式を挙げた。

 アイスランドでは昨年6月、同性結婚を法的に認める法案が可決され、27日に法律が施行された。この日は同性愛者の権利を世界的に訴えるキャンペーンが行われる日でもある。

 パートナーとして受け入れられていれば、わが国の法律、価値観と相容れない同性婚でも、その意向に従うという外相の説明には、そうした事態がまだ起こらないとの判断があろう。だが、欧米では、同性結婚を容認する動きが強まっており、そうした首脳とパートナーの訪日も、十分予想される。

 天皇、皇后両陛下は、東日本大震災の被災地を訪問し、犠牲者に深い哀悼の意
を示し、避難所では被災者一人ひとりと親しく会話されている。その姿勢が大きな癒やしとして被災者のみならず、一般国民に映るのは、両陛下がわが国の父母として立ち、慈しみで抱こうとされているからである。

 両陛下のお姿の尊さは、伝統的な結婚にしっかり立っておられることと無縁ではない。そうした両陛下のイメージが、価値観を欠いた外相の判断により、損なわれるようなことは避けねばならない。


結婚制度大切にする日本


 欧州では、事実婚の容認で出生する子供の5割以上が婚外子である国が増えている。わが国では結婚制度を大切にし、婚外子の割合は1%にすぎない。事実婚を容認する社会に移行することを、われわれ日本人は望まない。同性婚も然りである。
 そうした価値観を体現される天皇陛下への海外首脳のパートナーの謁見は、十分に吟味が必要である

◆防災訓練参加を批判


 大震災の救援・復旧活動に当たる自衛隊について朝日は「自衛隊の働き 不断の見直しが生きた」(8日付社説)と褒めている。

 初動が迅速で、数々の支援活動も順調に進んでいるのは「これまでの教訓をもとに、政府、自治体と自衛隊が災害派遣のあり方をめぐり、見直しや改善を積み重ねてきた成果だ」と評価する。さらに「長年の日米共同訓練の経験が米軍による『トモダチ作戦』でも生きた」と米軍の救援活動も絶賛する。

 そのとおりで、ことさら異論はない。が、朝日に「不断の見直しが生きた」などと言われると、狐につままれた気がする。これまで朝日は「不断の見直し」にいちゃもんをつけ、足を引っ張り続けてきたからだ。昨年12月の日米共同訓練も「背筋がぞっとした」(12月17日付『窓 論説委員室から』)と言ってのけた。

 長年にわたって自衛隊を違憲呼ばわりし、自衛隊の災害活動を阻んできたのが朝日だ。その論調に乗った革新・神戸市などは災害訓練から自衛隊を排除し共同訓練を一度も行わず、そのために1995年の阪神大震災では被害を広げた。

 2000年6月の三宅島噴火では自衛隊が島民避難へ大型輸送艦「おおすみ」を派遣したところ、朝日は「『おおすみ』は、形が空母や強襲揚陸艦に似ていることから、就航当初、批判を受けた。救助活動で批判がかわせるとの思惑もちらつく」(同6月28日付)と批判した。

 同年9月に石原都知事の肝煎りで自衛隊が初めて本格的に参加する総合防災訓練が行われたが、朝日は「自衛隊が前面に出たものものしい訓練には『防災に名を借りた軍事演習』との批判の声も上がった」と書き「備えは自衛隊 憂いあり」と、自衛隊を「憂い」と断じた(同9月4日付)。

◆絵で自衛官らを愚弄


 今回の救援活動では米空母「ロナルド・レーガン」や海自の大型ヘリ搭載艦「ひゅうが」が活躍しているが、「ひゅうが」導入当時に朝日は「軽空母とどこが違うのか」(2000年12月14日付=田岡俊次編集委員)、「『買い物』は何のため」(同26日付社説)とクレームをつけた。

 震災発生直後から自衛隊は全国15師団・旅団の6割以上を派遣し、護衛艦など艦船51隻、ヘリコプターを含む航空機約550機を投入している。こうした動員が迅速に機能したのは有事法制に負うところが大だろう。

 ところが朝日は02年の有事論議では「有事法制は奇怪な夢物語、いや悪夢の物語である」(同年5月20日付=早野透氏)と冷笑し、社説では「有事法制 なぜそんなに急ぐのか」(同22日付)と制定阻止に動き、同法が成立すると「民主主義を守るのだ」(04年6月15日付)と、まるで有事法制が民主主義を破壊するかのように書いた。

 自衛隊のイラク派遣に際しては「声欄」に「兵士の墓標」を連想させるイラストを掲載し、自衛官と家族を愚弄した(04年2月1~4日付)。自衛隊発足50年の04年7月には社説に「『軍隊でない』を誇りに」(同30日)を掲げ、自衛官から軍人としての「誇り」を摘み取ろうとした。


◆言説にけじめ付けよ


 国際社会では国に生命を捧げる軍人に尊敬の念をもって処遇する。例えば、ドイツ基本法(憲法)は「ドイツ連邦共和国に忠誠を尽くし、勇敢にドイツ国民の権利と自由を防衛する」(第7条)と軍人の義務を明記し、これを「誇り」としている。

 それで軍人が海外に派遣される場合、国際慣習上、旅券もビザも不要だ。国際武力紛争法では制服と徽章を着けた者のみが戦闘行動を許され、敵軍に捕まれば戦時捕虜扱いを受ける。制服を着用しない戦闘員はそう扱われず、時には裁判抜きで処刑に遭うことすらある。

 ところが、わが国はイラク派遣に際して自衛官を私服で現地に赴かせた。戦後憲法はこういう屈辱を平気で行わせて恥じない。それを朝日は「軍隊でない」として後押しするのだ。

 こんな具合に自衛隊を否定してきたのが朝日だ。その姿勢は日米共同訓練にいちゃもんをつけているように今も変わらない。それが「自衛隊の働き 不断の見直しが生きた」と、しゃあしゃあと言ってのけているのだ。自衛隊を褒めるなら、過去の言説にけじめを付けてからすべきだ。 (増 記代司)

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 東日本大震災は、1週間を過ぎてますます被災の悲惨な実態を明らかにしている。ようやく復興への道のりを歩み始めているが、いまだ物資やガソリンの不足、福島原発などの問題もあり、その影響はまだ収まらない

 むしろ今の方がその余波に揺れていると言ってよい。まさに、内外共に日本にとって未曽有の危機であるが、今後は被災者の精神的ケアも求められることになる。多くの人々が何かをしなければという焦りを覚え、ブログやツイッターで発言している

 半面、こうした時に言葉は空しいという意見も多く聞かれる。だが、その言葉によって救われる面もある。宮沢賢治は、無力な自分を奮い立たせるために詩や童話を書きつづった

 「雨ニモマケズ」は、その代表的な詩。「東ニ病気ノコドモアレバ/行ッテ看病シテヤリ/西ニツカレタ母アレバ/行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ/南ニ死ニサウナ人アレバ/行ッテコハガラナクテモイゝトイヒ/北ニケンクヮヤソショウガアレバ/ツマラナイカラヤメロトイヒ」(『新編宮沢賢治詩集』新潮文庫)

 この詩は手帳に書き留められたが、それに続いて「南無妙法蓮華経」などの法華経の題目が記されている。賢治の生誕前後に、「三陸地震津波」や「陸羽地震」などの災害が起こっていることは注目される

 「雨ニモマケズ」の最後は「サウイフモノニ/ワタシハナリタイ」。われわれの今の切実な願いでもある。

 

http://www.worldtimes.co.jp/syasetu/sh110306.htm


 児童ポルノの被害者が急増する中、京都府は法規制の対象外である児童ポルノの、いわゆる「単純所持」を禁止するとともに、画像などの廃棄命令を盛り込んだ条例の制定を決めた。


深刻な被害者の低年齢化


 18歳未満を性的に虐待して製造するポルノ画像や動画の撲滅は本来、国会が法改正を行って取り組むべきものだ。自民党と公明党はかつて、単純所持を禁止するため、児童買春・ポルノ禁止法の改正案を提出したが、政治の混乱もあって、改正は実現していない。
 現行法では、提供目的以外の児童ポルノの取得や、鑑賞・収集を目的とした単純所持は規制の対象外となっている。製造を禁止しておきながら、取得・所持を禁止しないわが国には、国際的な批判が集まっている。京都府は今年中に、条例の制定を目指すとしている。遅々として進まない規制強化に、地方自治体が業を煮やした格好だ。府の姿勢を評価するとともに、国会の怠慢に反省を促したい。

 昨年1年間に全国の警察が摘発した児童ポルノ事件は、1342件で、前年より407件多い。被害者は213人多い618人と大幅に増加し、いずれも統計を取り始めた2000年以降、最多となった。しかも、摘発件数は過去10年で、9倍近くに増えるという異常な状況だ。

 全体の6割は、ネットを使った犯罪であることから、児童ポルノの増加とネットの普及が深く関わっていることが分かる。中でも、深刻なのは、被害児童の低年齢化だ。昨年、小学生以下で被害に遭っているのは前年比ほぼ倍増の126人で、そのうち33人は未就学児だ。

 児童ポルノ事件とその被害児童の増加は、現行法による取得・所持の容認が要因の一つであることは間違いない。「需要」を断たなければ、「供給」つまり製造も断てないため、先進国ではほとんどの国が単純所持も禁止している。主要8カ国(G8)で単純所持を禁じていないのは日本とロシアだけである。

 国内では、奈良県がすでに単純所持の規制を条例化している。また、大阪府も条例による規制に向けて動きだしているが、児童ポルノの廃棄命令の規定は、京都府が全国で初めてとなる。廃棄命令に従わなければ、罰則を科すことも検討するという。規定に実効性を持たせるためには、罰則は不可欠だ。ぜひ、実現させるべきだ。

 ネットの普及で一度流出した児童ポルノは瞬く間に世界中に拡散し、その画像や動画を完全に削除するのは難しくなっている。性的虐待による心の傷はもちろんのこと、未成年時代の被害が知人に知られることに一生怯えながら生活する被害者も少なくない。結婚をあきらめるケースもある。被害の深刻さを考えれば、製造だけでなく、取得・所持も許されるはずがない。


国の厳しい対策が急務
 児童ポルノは、性的虐待の記録というだけでなく、新たな性犯罪を誘発する危険もある。小児性愛者を刺激して、性犯罪の被害者を増やすことにもなる。この意味では、アニメや漫画も含めて、子供を性欲の対象とする画像、動画を国全体で厳しく規制することは急務と言える。

子供より表現を守る

 悪質な性描写を含む漫画・アニメの販売規制を行うための東京都青少年健全育成条例改正が先月実現、今年7月までに施行される。刑法に触れる強姦(ごうかん)や近親相姦などを描き、こうした行為を「不当に賛美または誇張」する出版物を18歳未満の目に触れないよう、「成人コーナー」に区分陳列することを義務付けるもので、良識の範囲内の規制である。

 ところが、出版社側はすでに十分自主規制しており、これ以上の規制は、漫画家の創作活動を萎縮させるなどと猛反発。東京都の石原慎太郎知事が実行委員長になって、3月に開く東京国際アニメフェアへの参加拒否を宣言した。中には、「戦前のような言論弾圧につながる」とする時代錯誤の反対論もある。

 この問題は、わいせつ情報からの子供の保護と表現の自由を、どう調和させるかということに集約される。販売規制にすぎないのに、「表現の自由」を盾に取って、これに反対する陣営の主な勢力は結局のところ、反権力の立場で公的な規制そのものに嫌悪感を持つ人々のようだ。東京都の条例改正を扱ったBS11デジタル「IN side OUT」(18日放送)に登場したフリーランス記者の長岡義幸氏の問題意識に、その点がよく表れていた。

 「マンガはなぜ規制されるのか」(平凡社新書)の著者でもある長岡氏は、漫画規制を考える場合の視点をいくつか挙げたが、そのほとんどは子供の保護ではなく、公的規制から「表現の自由」を守る立場に偏ったものだった。

 例えば、彼は最初に、「表現の自由」は「流通の自由」なくして保障しえないという一般論を展開した。しかし、わが国では、表現の自由が無制限に認められているわけではない。それに加えて、子供の保護の観点からわいせつ出版物の流通に規制を設けることはすでに行われていることで、その是非を今さら議論しようというのは、論点をぼかすものである。論議すべきものは、規制の範囲である。


自己決定権を歪め


 成人指定を受けた雑誌は、東京のコンビニなどではすでに区分陳列している。東京よりも厳しい規制を設ける自治体もある。海外では、店員の監視が十分に行き届かないコンビニでは区分陳列どころか、成人雑誌を置くことさえしない国もある。

 また、たとえ漫画でも子供を性欲の対象として描けば「児童ポルノ」として厳しく取り締まるのが世界の流れである。子供の保護の視点に立つ青少年健全育成条例の改正で、「表現の自由」「流通の自由」を持ち出すのは、公的規制そのものへの反対論を正当化するためなのだろう。

 長岡氏は最後に、大人の勝手な思い込みによる「健全育成」は子供の「自己決定権」への侵害になるとしたが、有害情報の規制問題で、子供の自己決定権を持ち出すのは、まったくのお門違いだ。まだ判断力の弱い子供を、大人と同等の権利の行使者と見るなら、子供にだって、わいせつ漫画を読む権利があるという主張につながる。

 この主張に対しては、逆に子供の自己決定を歪(ゆが)めてしまい、「性の商品化」や「性差別」を助長するとして、反権力の視点に立つリベラル・左派の間からも批判が出ており、説得力を持ちえない。

 長岡氏が漫画規制に関心を持った原点には、学生新聞をやっていた学生時代に教員による検閲を受けて、自己規制について悩んだ体験があるという。若い時代の体験が思想的な立場を決定づけることはよくあることだが、あまり個人的な体験に縛られると、バランスのある物の見方ができなくなる場合がある。


子供の保護の視点を


 この番組は曜日によって司会者が代わる。18日は講談社の週刊現代担当部長だった。出版社側に立つ人物だから、漫画規制に反対するゲストを招くのは当然とも言えるが、視聴率を気にせずに、比較的自由な論説を披露するBSデジタル放送とは言え、保護者への配慮も必要と感じたのだろう。

 最後に、女性アナウンサーが「今日も反響が起きそうですが、一方で子供たちへの影響を気にされている方がいることも忘れてはならない。どうバランス取るかでしょうね」と付け加えていた。今度は、子供の保護の視点に立つゲストを招いてもらいたいものだ。(森田清策)


「国家の大計」構築し断行を/文化力研き国背負う責任感持て



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◇座談会出席者
元内閣総理大臣  中曽根 康弘
内閣官房参与   松本 健一
政治ジャーナリスト 細川 珠生
世界日報社社長兼主筆(社長)(司会兼) 木下 義昭
(敬称略)
 わが国を牽引すべきリーダーの指導力不足が顕著であり、未曽有の国家的な危機に直面しているのが現状である。そこで、中曽根康弘元内閣総理大臣と内閣官房参与の松本健一氏、政治ジャーナリストの細川珠生氏と本社主筆(社長)の木下義昭が「21世紀の日本を担う指導者とは」をテーマに語り合った。


(上)中心軸否定され全てが相対化/教養課程減り精神形成期失う 2011.1.1


(下)教育の本質は情報より文化/政治家に毀誉褒貶は付き物 2011.1.3

http://www.worldtimes.co.jp/syasetu/sh101229.htm

 第3次男女共同参画基本計画が、このほど閣議決定された。選択的夫婦別姓制度の導入に関しては、「引き続き検討を進める」という表現になった。
 これは連立与党内の反対に配慮しためだが、選択的夫婦別姓の導入は、男女共同参画の推進と直接関係のない事柄であり、その導入を見送るべきである。


ジェンダーの定義を削除
 民法では、夫婦は結婚後、夫、妻どちらの姓に決定してもよいように定めており、男女差別をもたらす不平等な規定ではない。また、仕事面などで、結婚後も旧姓を用いたい場合には、それを可能にする運用制度がある。
 さらに、選択的夫婦別姓を導入すれば、子供が大人になる時、どちらかの姓を選択しなければならない。親夫婦と子供の間に、無用な亀裂を招きかねないといえる。

 選択的夫婦別姓導入の熱心な推進者は、多くが「男らしさ・女らしさ」を否定的に扱う、いわゆるジェンダー・フリー推進論者もしくは、現行の結婚制度を弱体化させようとする意図を持つ人たちである。

 加えて、この男女共同参画基本計画は、5年前の第2次男女共同参画基本計画で、混乱防止のために詳しく規定してあったジェンダーに関する定義の大半を削除している。

 「ジェンダー・フリー」という用語を使用し、性差の否定や人間の中性化を目指したり、ひな祭り等の伝統文化を否定することは「男女共同参画社会とは異なる」という重要な部分だ。

 一方で、今回の第3次男女共同参画基本計画は、前回の基本計画になかった「性的指向」という言葉を導入。同性愛や性同一性障害の人たちへの人権尊重をうたい、男女共同参画の視点に立った環境整備を進める、としている。

 だが、性的指向は、男女共同参画とは無関係の事柄であり、その人権尊重は別の枠組みで対応すべき問題である。基本計画は、男女共同参画社会基本法に基づき策定されるものだが、当然ながら、基本法は性的指向に関して一切言及していない。

 今回の基本計画は、末尾の「用語解説」でジェンダーの定義と同じく、性的指向の定義も掲載。「恋愛・性愛の対象が異性に向かう」のを異性愛と説明、それが同性に向かうのを同性愛、男女両方に向かうのを両性愛、などと解説している。

 政府の公式な文書で、通常の家族生活を営む夫婦の愛情を異性愛と称し、同性愛、両性愛と同列に解説するというのは言語道断である。

 宮崎県都城市では性的指向の異なる人たちを「性的少数者」と表現し、その問題を前面に押し出す男女共同参画推進条例案を採択したのは記憶に新しい。

 保守派市議からの猛反対にあい、市町村合併に伴う条文見直しでその表現は削除された。第3次男女共同参画基本計画は、その過激な条例と軌を一にするものである。


見直すべき危険な内容
 男女共同参画の概念を誤用した様々な内容が盛り込まれた今回の基本計画は、再び無用の混乱を招く危険な内容になっている。即刻、見直すべきである。