大体調べるとわかる世の中になりました。
大体考えると大筋がわかるようになりました
それでも自分のことは分かりません
というか、分かった気にならないといけません
いくら自分に向き合ってもどれが本当の自分かわからないのです
自分とはこうなのかな
こうあって欲しいな
こうなりたくないな
それで十分なのです
この世の答えは人の数だけ存在する
大好きな言葉です
立ち位置について

ヤフー知恵袋にて中3男子が高校に入学してからの立ち位置を気にしての質問があった
ノリが良くなりたい
らしい 内輪では場を盛り上げれるらしいが初対面では難しく、人見知りが激しいらしい だからアドバイスをくれと 雑誌、テレビ等オススメは無いかと
悲しくなった と同時に懐かしくもなった 今となっては自分自身なんて自分ありきなんだから、思うがままにいようとしている しかし彼のように昔は自分とは何か周りとは何か悩んでいた 彼とは違うところがある それはその悩みを他に解決してもらおうとは僕はしていない ましてや平均作成装置の雑誌、テレビに任せっきりにも 彼には色々紆余曲折しながら自分の居場所、立ち位置を確保してほしいものだ
恐らく彼の人生の1つの分岐点ではなかろうか 自分は自分ありきか 結局他人ありきか それを考えることはかなり大切だ と思う

今日の日よありがとう。
目の前のフィールドなんかいつだって、逃げれるし放棄できる


本当はフィールドはこっちを必要としない


こっちがフィールドを必要としているだけ


だから向こうからすればこっちがいつドロップアウトしたってかまわない


続けたいなら続ければいいし続けたくなければ続けなきゃいい


肝心なことは続けるにしてもドロップアウトするにしてもある程度覚悟を持つこと


僕はそう思う


周りはこっちがいてもいなくても普通にいつも通りに回り続ける


こっちにはそんなに求めやしないし


こっちが過剰に求めるだけ


すべてが嫌になればすべてを投げ出せばいい


もっと自由に縛られずにいきたいね


甘ったれた考えやね


でもとやかく言われる事は無いさ自分のことだもの